旧約聖書 伝道の書3章1-8節
天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、
石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、
裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、
愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
たとえ準備が出来なかったとしても、神様が行なうその時に行なってはじめて行うことができます。
時が機会です。
やるべき時にやったら百倍、一千倍もできますが、やるべき時にできないと百倍、一千倍もできなくなります。
時をのがしたら永遠にできなくなります。もし次の時を待つとなると、一つの時代を待たなければならないし、一千年、二千年をも待たなければなりません。
波に乗ることが出来てこそ、海で遠くまで泳げます。神様の時代に乗らないと、つらくてついて行けないものです。
人間にとって最もいい時は、神様の時に従っていくその時で、最もいい時であり、機会です。
道を渡るとき、みんなと一緒なら渡れるように、この時代の道も天の群れと共に渡ってこそ、無理がありません。
神様の時を人間が作ることはできません。
時の前に行なってもいけないし、時の後に行なってもいけません。
イエス様は時をのがさないために、寝ることもなく食するひまもなく神様の時をのがさないで働かれました。
時にあって走る人は天を舞っています。
時にあう言葉、時にあう行ないは、日々前進する人であり、栄える人です。
万物も時に従って成長し、御わざを見せて美しくします。万物の霊長である人間も、万物の時の舞台に立って、天の時に合わせて生きてはじめて価値があり、理想的で、得るべきものを得て、人間を創造した神様に栄光を帰して生きることができます。
2002年8月18日 主日礼拝より抜粋
説教者:チョンミョンソク牧師

