我が若き日の修道生活の日課(3)ー鄭明析牧師-

もう私の部屋には、冬の暖かい日差しが差し込んでいた。

朝食の時に父、母、クァンソク兄さん、ヨンジャ、キュソク、ボムソク、ヨンソク、私の8人がいた。野菜スープにキビ御飯、それに御飯とさつまいも数個をのせた食事だった。おかずはキムチが主菜だった。

食事が終わると、皆するべき仕事が山積みだった。冬だから仕事がなさそうでも、人参畑で使うために、うんざりする縄ないをしなければならない。私のような男でも嫌気がさすほど大変な仕事を、母は頑張ってこなしていた。家令所という称号がついてもおかしくない母であった。母がサランバン(客間を兼ねた主人の書斎として使う部屋)に入ると、一日中出てくるということを知らなかった。

私たちはさっさときりあげようと素早く働いた。機械よりももっと恐るべきほどコツコツと根気強く、休まずに働いてきた母の姿は、まるで天の人であったと表現したい。父は村へ出かけて行って、時間がある時に縄ないの仕事をした。それでも私たちより遥かに多くの仕事をこなした。

仕事をしながら、たまに雷が鳴るような声を張り上げながら母と口喧嘩をする父の怒鳴り声。これにぶつぶつと呟きながら反抗する母の声。父のその雷のような声は、録音していないから今は聞くことができない。

続く

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