摂理のバイブルスタディ 「中心人物論」―パウロ、迫害とその後の人生

摂理BS、中盤に入ってまいりましたー!(・∀・)V
今日は「中心人物論」。
<アモス3:7>
『まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない』

レンブラント「モーセと十戒」1659 ベルリン絵画館

すべての人を代表する<その時代>の中心的な人を<中心人物>と言う。
全ての中心人物たちは神様と同行して生きていった人たち。
ノア、アブラハム、ヤコブ、ヨセフ、モーセ、ヨシュア
ダビデ、エリヤ、イザヤ、エレミヤ
ダニエル、ネヘミヤ、マラキ

コルネリウス「兄弟たちと再開するヨセフ」1860ベルリン絵画館

・・・いっぱいいる(・Д・)
啓示論で「神様の声を聞くことが出来た人達」について載せましたが
この「中心人物達」が多く含まれています(・∀・)V
そして。
新約時代に欠かせない中心人物。
<使徒パウロ>。
今日はこのパウロについて少し詳しめに書きます。
摂理人の中でも、ファン?!が多い使徒パウロ。
今では多くの学校の名前に「聖パウロ」とついたり
多くの教会名に「聖パウロ」とついたりしてるくらい
世界中にその名が知られていますね。

使徒パウロは個人がよくできた。「新約歴史の大きな彗星」になった。
だから、御子が本当に貴重にお使いになった。使徒パウロは処世がよくできた。
2014年7月18日
摂理の明け方の箴言より

かっこよすぎな、その人生。
使徒パウロは、初めはキリスト教徒への迫害を強めていた迫害者。
悪評、反対を重ねていた。
元々、ユダヤ教の信仰をもつパウロ。

使徒行伝8章1-3節
サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。
その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起り、
使徒以外の者はことごとく、ユダヤとサマリヤとの地方に散らされて行った。 
信仰深い人たちはステパノを葬り、彼のために胸を打って、非常に悲しんだ。
ところが、サウロは家々に押し入って、男や女を引きずり出し、次々に獄に渡して、教会を荒し回った。 
使徒行伝9章1-2節
さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、 
ダマスコの諸会堂あての添書を求めた。
それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、エルサレムにひっぱって来るためであった。

ここだけ見ると、パウロのことが物凄い怖い人のように思えますね・・・(人´口`)
悪評と迫害。言うだけじゃなくて、「引きずり出した」って怖い(・Д・`)
獄に渡したって監禁のようだ・・・(´-ω-`;)
がしかし。
イエス・キリストとの出会いが
パウロの全生涯を一変させた。

使徒行伝9章4-5節
彼は地に倒れたが、その時「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。 
そこで彼は「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねた。
すると答があった、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。 

ベンジャミン・ウェスト「パウロの回心」1786
その後、少なくとも1週間くらいか?どのくらいかは正確に書いてないが

使徒行伝9章20節
ただちに諸会堂でイエスのことを宣べ伝え、このイエスこそ神の子であると説きはじめた。 

と書いてある。
後に福音歴史を担う使命者になった、新約の中心人物、パウロ。

使徒パウロは、毎日自分の肉性と自分の考えを殺した。自分を救うキリスト・イエスの考えを持った。
2014年1月3日
摂理の明け方の箴言より

ユスタッシュ・ル・シュウール 「エペソで説教をする聖パウロ」 1649
福音、御言葉を述べ伝え続け
伝道旅行をして7個の中心的な教会を立てた。
新約歴史の組織を作り、ローマに福音を入れた後、監獄で殉教。
ローマは誰もが知るキリスト教の国になったし
全世界にその後、福音が述べ伝えられた。
パウロ先生は聖書の中で語られる御言葉を読んでも学ぶところが大きいが
それ以上に、その人生そのものが全ての見本だ。

テモテへの第二の手紙4章6-8節
わたしは、すでに自身を犠牲としてささげている。わたしが世を去るべき時はきた。
わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。
今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。
かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。
わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。
 

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