平和と栄光について御言葉を伝えています。平和と栄光というのは、人から生まれたのではなく、神様から出てきたものだから、絶対、お互いに理想的に存在しないでは平和は来ることができないとおっしゃいました。そのようにしては、神様に栄光を帰することはできません。
だから、個人の平和、家庭の平和、民族的な平和は、神様が絶対的にたてた理想の目的がありますが、その目的を実現する時、初めて平和がもたらされ、理想世界になります。この平和と理想の世界は、この地上に神様が送ったメシヤから始まります。いつでもできるのではありません。歴史的に見てもそうでした。
人々が願っていますが、神様が送った人が命令を受けてきて、それを実践することによって、遣わされた人についてくる人達によって成されるものです。そうしなくては理想世界は成されません。物質や名誉や権力や異性や、様々に平和を成そうということと、神様に栄光を帰するという人間の働きは、全て挫折して壊れてしまって、実を結ぶことができずに終わってしまいました。だから、ただ神様の絶対的な人が来て、その方の御言葉を聞いて、その絶対性に一つになっていくときだけ成されます。木も法則から外れたら生きられません。しかし、法則通りに管理をして手入れをしたら生存できるように、私達の生活も同じです。
イエス様の誕生は、一人の人間としての誕生でもありますが、神様の立場からしたら、計画によって、御旨によって、そしてその人でなければできないことでした。その人を選んで、呼んで、教え、神様の御旨を植え付け、神様のような心をもたせ、神様の精神と思想通りに働くようにしました。神様がその中で働いて、その人を通して花を咲かせ、実を結び、理想世界が起こるようにしました。
ある山奥に、豆柿しかありませんでした。そこに、いい実を結ぶ理想世界を成すためには、柿の木を持ってきて、つぎ木をしたら、理想世界が起こります。その方が来ないでは、命の主が来なくては、理想世界は期待できないし、成し遂げられることはできません。
平和は、ただ神様からだけ生まれます。地上にある平和は、全て形而下学的な平和だといえます。形而下学的な平和は根本の平和にはなれません。この世の平和は、長くて50年、100年です。もっている平和も楽しめないでいます。環境が悪いからではありません。環境が良くて、環境的には天国のような世界に暮らしていても、平和を楽しめなくて、苦しいと言います。
神様と共にいるところでは、二つの理想を楽しめます。霊魂も楽しみ、肉体も楽しめるからです。その方がいるなら、どこにいても天国です。天の存在者と一緒なら、そこがみすぼらしいところでも構わないんです。
人は、人生は何なのか、生きることとは何かと言って、苦しんで自信を失い、人間の限界状況にまで至っています。だからといって、自分で希望があると思って歩んだ道を再び戻るわけにもいきません。私達はこういう時代を把握して、歴史の主人として、時を守って生きるべき責任があります。
しかし、いくら主が来て、メシヤが来ていても、全てをやってあげることはできません。全ては自分が行った分しかできないんです。距離が近いからといって、余計にしてあげることではありません。その人の行動に従ってやってあげます。神様が働くからです。どれだけ行うかによって、天がそれに応じてしてあげていることを、よく分かっています。
人々は平和を楽しんでいながらもよく分かっていないんです。平和な世界に暮らしていながら、平和の主管圏の中にいながら分かっていないんです。
私達の時代は神様に栄光を帰するべき時であり、真の平和が成される歴史が来ました。
人は一日にして成長するのではありません。巨木は一日にしてできるのではありません。10年、20年で巨木になるのではなく、一生かけて巨木になるのです。人間も同じです。一生かけて巨木になっていきます。巨木ばかりを目的にしていると、途中で懐疑に陥ったりもします。大きくなった分だけ葉っぱも大きくなるし、花も咲くし、実も結んでいくものです。みんなに影もつくってあげ、花の香りを漂わせ、その実によってどれだけ多くの人たちのお腹を一杯にしてあげるかによって、その木の価値が決まります。私たちも神様が私たちを植えたから、その期待にそむかないようにしなければならない、と書きました。皆さんも巨木になって、大きくなるまで、がんばらなければなりません。今年も暖かい天気のおかげで木がうんと大きくなりました。来年も暖かい天気で、神様が私たちに働いてくださることを思って、肥料を惜しまないで与えようと話をしました。希望を持って成して行かなければなりません。
クリスマスを通して、イエス様の価値を悟らなければなりません。メシヤの無限な価値を悟らないといけません。その方でなければ、できる人がいませんでした。神様が、旧約からその枝を広げて、そこで歴史を成したからです。
<お祈り>
神様、恵みに感謝します。今日も御言葉をしてくださいました。「平和というのは、私から始まる。私が平和の根本者だ。」と神様がご自身のことを指しておっしゃいました。その平和のために、この地上に御言葉を蒔いてきましたから、真理と共に平和にしてください。
今日も主のお生まれになったことを祝うため、外国から来ています。そして、心だけでも走ってきている西側の人たちに至るまで、神様の御業と権能と義で満たしてくださって、神様の喜ぶ人たちとして祝福してください。
いつも神様に栄光を捧げるようにしてくださり、地上の平和を与えてください。天に栄光を帰する時、地上に平和が来るし、神様を喜ばせる生活をする時、自分が楽だということを悟るようにしてください。平安と義と公義がこの人たちと共にし、永遠に続くことを願います。
すべてのつまずきや、戦いや、試みを退かせ、ただエホバの御旨のためにだけ生きるようにしてください。今日も私たちに指示をしてくださり、私におっしゃって実践できるように祝福をしてください。
主のお生まれと、神様が私たちに救い主を送ってくださって、新しい歴史を生んでくださったことを感謝し、主の御名によって感謝して切に祈ります。アーメン。
1998年12月24日(木) <主題>私のクリスマス
説教者:チョンミョンソク牧師

