ソロモンは本当に時の事を切実に悟りました。時について切実に悟ったのです。泣くからと言って、泣くことで終わってしまうのではなく、いつかその人が笑うようにもなるという事です。
皆さんが悲しんでいるからといって、悲しみで終わってしまうのではありません。ある人が苦しんでいるからと言って、いつも苦しみで終わってしまうのではありません。だから苦しんでいる人がいたら、その人の友達になってあげ、悲しんでいる人がいたら、友達になってあげなければなりません。泣く人はずっと泣くのではないから、一緒に慰めてあげなければなりません。葬式をする家で泣くからといって、いつまでも泣くでしょうか。何日間か泣いたら終わるでしょう。だから泣く人の所に行って挨拶をし、共に泣いてあげたら、後にその人が笑う時があるんじゃないでしょうか。その時には一緒に話し合う時になるんじゃないでしょうか。
「友よ、私が親が死んで悲しく泣いていた時、あなたが友に泣いてくれたので胸がジーンとした。」
ある人は悲しんでいる人のことを避けます。心配をしている人のことを避けます。ため息をついて涙を流している人の事を避けます。
私も昔はいつも泣いて、人生を悲しんで嘆いてばかりいましたが、その時はみんなが私を避けました。自分たちは笑っているのに私が泣いているという事で避けたのです。自分たちは遊んでいるのにわたしは泣いて断食をしていたから避けたのです。苦しくて、自殺をしようとしたし、世の中を捨てたので、誰も私に近寄って来ませんでした。
しかし、うちの母は、「どうして死のうとするのか。死んではいけない。私がお前を生んで育てたのに、どうして死のうとするのか。お前が死んだら私も一緒に死のう。」と言ったので、死にませんでした。自分だけが死ねばいいんですが、母まで殺すことになってはいけないからです。あの時は人生に何の希望もなくて死のうとしましたが、私が死んだら母が一緒に死ぬといったので死にませんでした。
またある時はイエス様が死ぬなとおっしゃいました。「どうして死のうとするのか。」私が何回も自殺しようとしましたが、そのたびにイエス様が幻で現れて止めました。「勇気を出しなさい。どうして死のうとするのか。」とおっしゃいました。「こんな状況なのに、どうして死なないでいられますか。苦しすぎます。」と言ったら、イエス様が私を支えて下さいました。「私があなたを支えてあげている。私があなたの問題を解決してあげよう。」とおっしゃったので、死なないで済みました。
イエス様が私を支えて下さり、育てて下さった代価として、今私は、イエス様の願いである福音を広げているんです。だから私も笑って喜ぶ人より、悲しんでいる人にもっと時間をたくさん与えています。
今日も早くから来ようとしましたが、困難にぶつかっている弟子達に会って話をしているうちに遅くなりました。私は宴会よりは、葬式の家に先に行きます。悲しんでいる人、苦しんでいる人、眠れない人のために時間を出していると、多くの時間がかかります。イエス様も99匹の羊を置いておいて、失われた1匹の羊を捜すために山に行かれました。私がたくさん悲しんだし、人生の苦しみをたくさん経験した事があるので、艱難にぶつかって苦しみを受け、困っている人達の事をみんな理解できるし、彼らを先に認めてあげ、彼らの心を癒してあげてから、残りの時間に来て、述べ伝えて、話をしているんです。
(続く)
1999年6月30日 水曜礼拝より抜粋 説教者:チョンミョンソク牧師

