神様を信じていながらも悩み、心配をするひとたち

この世を生きていくとき、心配、悩みのない人はいないでしょう。

 

イエス様は自分に従う人たちに
「あなたがたの悩みをすべて私にまかせなさい。私が、あなたがたを休ませてあげよう」
「あなたがたが心配することでその心配事が解決できるのか。あなた方が心配するからといってその心配事が解決できるのではない」とおっしゃいました。

 

心配を主に任せなさいという言葉は、神様に心配を任せなさいという話です。心配を神様に任せなさいと言ったのに、全知全能の神様の御言葉を軽んじ、心配を任せないなら、むしろ心配と苦痛の災いを受けるでしょう。

 

不思議にも神様を信じていながら悩み、心配を休まない人たちがあまりにもたくさんいます。これは神様を信じながら、その心配を神様に任せないから、そうするしかないのです。

 

現実に対する不安とあせり、心配する理由もありますが、未来に対して不安がり、あせり、心配をします。御言葉を聞いて神様を信じていくとき、未来に対する不安と現在のすべての問題に対するあせりと心配がなくなります。

 

創世記から黙示録まで読んでみると、心配悩みを神様にまかせ、徹底的に信じて揺るがない信仰の土台の上に立って行なった人たちは、自分の悩み心配が全て解決できたことを知ることが出来ます。

 

人間の心配、悩みは人間自ら解決することはできません。ただ人間を創造した神様だけが解決できます。

 

人生において心配、悩みは骨身を削るような苦痛です。煩悩は脳を苦しめるものです。地球村に住む全ての人々の心配、悩みがなくなる時、地上の天国になるでしょう。もし人間が心配、悩むなら、天国にいても、その人にとっては地獄でしょう。悩み、心配、苦痛は人間にとって地獄にするものだと言わざるを得ません。心配、悩みは人間を苦しませ、心臓を麻痺させ、希望を喪失させる悪魔、サタンの役割をすると言えます。

 

イエス様は「私を信じないなら、また神様を信じないならともかく、信じていながら、私の中にいながらどうして心配をするのか」とおっしゃいました。どんな心配、悩みでも全て主に任せて、その方に栄光と感謝と讃美を捧げ、その方に仕えて生きて行かなければなりません。

 

2001年9月2日 主日礼拝
マタイによる福音書 6章26節から6章34節,
あなたの心配を主にまかせなさい
説教者:鄭明析牧師

より抜粋

よかったらシェアしてね!
目次
閉じる