時間が少な過ぎると言って、やろうかどうかためらうな

ある仕事は、時間が2分しか残っていなくて駄目だと思って、「今ではなく後でやろう」と言った。そうして結局できずに、一つの歳月が過ぎた。2分でも、速くやったら4分のように使い、10分のように使うようになる。

<知恵>は「判断」だ。

時間が少な過ぎると言って、やろうかどうかためらうな。そうしていて時間ばかりもっと過ぎるから、精神一到してやりなさい。2分でも走れば300メートルを行く。歩いて行こうとばかり思って計算するから、時間が少な過ぎると言う。

過去の生(せい)を見たら、ある仕事は1分あればできることなのに「時間が30分は必要だ。1分しかない」と言って次に後回しにして、ほとんどやらなかった。そうしてそのあとの時間が再び来る時まで一つの歳月が経つこともあった。

1分が短いと言ってずっとその1分を後回しにしていたら、それが習慣になって、数か月、数年過ぎるようになる。そうしていて一つの歳月が過ぎる。

信仰の仕事もそうだ。

1時間、2時間なければやらないのか。1分、2分、5分、10分あるだけでも、やってみなさい。やる分、できる。

<知恵>は「判断」だ。

-御言葉より

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この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」

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