天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき,喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。<マタイによる福音書 13章44節>
天国に関する話を簡単に伝えます。
人に雇われて畑仕事をしている
ゴンベエという人がいました。
その人は
「私はいつになったら
タルトンネからヘドンネ(豊かな村)に
移り住めるのだろう。
うちの先祖は
何も残してくれたものはないけれど。
よし、頑張ってみよう」
と思っていました。
彼は人の畑を耕すときも
忠誠を尽くして,
いつも一生懸命に働きました。
畑仕事をするとき,
深く耕したら鋤が折れてしまいます。
だからみんないいかげんにやるのです。
しかしゴンベエさんは
深く耕して丁寧にやりました。
石ころや岩がひっかかったら
全部取り除きました。
そばで見ている人がゴンベエさんに
「あほか。何でそんなに疲れるほど
深く耕して頑張っているの。
お前そんなことしていたら,
一生人の畑ばかり耕してしまうよ。
どうしてそんなに頭が悪いの。」
と言いました。
それでもゴンベエさんは
「私はそういう性格のものだ。
このようにしないと気が済まないのだから。」
と言って頑張りました。
このようにゴンベエさんは
畑を深く耕す精神を持っていました。
畑を深く耕すからといって
お金をたくさんもらえるわけでもありません。
しかしゴンベエさんには一つ希望がありました。
昔ある王様がこの近くに宝を隠したそうですが、
まだ出てきていないのです。
ゴンベエさんは,
もしかしたら自分が畑を耕しているとき
宝物が出てくるかもしれないという野望がありました。
それぞれ畑仕事をする人は
畑を耕しているときに宝物が出て来るんじゃないか,
芝刈りをする人は
芝刈りをしているときに宝物が出て来るんじゃないか,
道を歩く人は
道を歩いているうちに宝物を見つけるんじゃないか,
商売人は
商売の途中宝物を見つけるんじゃないか,
家を建てる人は
家を建てているうちに見つけるんじゃないかと思うものです。
ある日畑仕事をしているとき,
何かひっかかるものがありました。
「ああ、また石か。
今日は早めに終わらせて井戸端で水浴びでもしたかったのに」
と思って,ひっかかったものを掘り出したとき,
ふたが開いてその中に宝物が一杯はいっていました。
悲鳴を上げ倒れましたが
「あっ、こうしてはいけない。
気を引き締めなきゃ。
そうだ,おばさんが食事を持ってくるときだから
早く隠しておかなきゃ」
と急いで隠しました。
向こう側で他の若者が声をかけました。
「おーい。食事が来たら一緒に食べよう。何してるの」
「あ、何でもないよ。岩がひっかかったんで抜こうとしているんだ」
「そう、手伝おうか。今日は手伝ってあげて,お前と一緒に食事がしたいんだ」
「いいよ、いいよ。私のことは放っておいて」
「いいじゃない。手伝ってあげるから」
「あ、いいんだよ。今日はこのままにしておきたいの」
「そう、そしたら明日やろうか」
とやりとりをしているうちにおばさんが来ました。
「どうしたの。今日はあんまり深く耕してないみたいね」
「ええ,今日も石を抜いているうちにこうなりました。」
「石って、どこ」
「ああ,まだです。今日は食欲がないのでいいです。持ってかえって下さい」
「どうしたの」
「ええ,私はどういう人生なのか,いつも畑仕事ばっかりしているんです」
「どうしたの。あいつが何か悪口でも言った?」
「いいえ。どうしてうちの先祖は一坪の畑も残さないで死んだのでしょうかね」
「こっち来て食事をしなさいよ。私がゆっくり話をしてあげるから。今日はどうしたの。何で怒っているの」
「いやー。おばさん,うちの先祖は何も残さないでお墓だけでしょう。そのお墓の手入れも嫌になりました。」
「そうじゃないのよ。あなたの先祖も金持ちだったのよ。しかしばくちで駄目になったの」
「え、それじゃあ畑を持っていたのですか」
「そうよ。この辺の畑は全部あなたのおじいさんのものだったけど,全部売り払ってしまったの。」
「じゃあ,この畑もうちのおじいさんのものだったのですか。私はこの畑を買います。私もいつかは結婚するんじゃないでしょうか。畑がいります。頑張ります。一生懸命働かなきゃ。必ず買いたいのです。」
「それはうちの主人に言えばいいんで,早くご飯食べなさい。」
その時ゴンベエさんは
「これはうちのおじいさんの代の畑だったからということを口実に買えばいい」
と思いつきました。
その畑は自分のおじいさんの畑だったのを,
ばくちで奪われたのです。
それで夜、畑の持ち主の所に行って話しました。
「まあ,いいことだけど。私がお前のおじいさんからこの畑を買ったけど、お前買い取れるの?この畑を買うためには3年間は頑張らなきゃならないよ」
「それでもいいですよ。必ず買います。牛を売ってでも買います。」
ゴンベエさんは畑に隠してある宝物を
見つけてからは眠れませんでした。
牛を売り払い,家を売り払い、
また雇われて働いたらその畑を買えそうでした。
それでゴンベエさんは
心を決めて自分の持ち物を全て売り払い,
その畑を買いました。
村の人々は、けちん坊のおやじ
畑を買ったゴンベエさんのことをかわいそうだと言いました。
しかしゴンベエさんは宝物を見つけたので,
その目的のために自分の持ち物を全て売り払ってでも
畑を買おうと決心したのです。
ゴンベエさんは頭のいい人でした。
頭の悪い人ではなかったのです。
そしてその宝物が個人のものではないということが分かって,自分についてくる人にはその宝物をわけてあげることにしました。
畑に宝が隠してあるように、
私は天国というのがこの世の中に隠されているということを
悟るようになりました。
天国がこの地上で成されるということを悟ったから,
それが宝なんです。
それを成すためにはまず、その鍵として御言葉が必要です。
それで御言葉をもらわなければいけないということを悟って、御言葉をもらいました。
自分が探していたものが宝です。
皆さんが私にとっては宝になれるし、
天にとっても宝になれます。
そういうものを探すためには忠誠を尽くし、
熱心を尽くし、汗を惜しまなかったというのです。
畑に隠してある宝を探したときは、
命をかけて持ち物を全て売り払って買いました。
このように,天国を見つけたなら、
最善を尽くして初めて手に入れることができます。
ただで出来るのではありません。
ゴンベエさんが宝物を手に入れたように、
最善を尽くしたときに畑に隠してある宝の持ち主になれます。
「畑に隠してある宝」
1997年7月27日 月明洞で伝えられた御言葉
鄭明析牧師