摂理の御言葉はとてもスッキリしているーやろうか、やめようか、するな

やろうか止めようか、首をかしげたりしてはいけません。
神様が射た矢は、途中で止まる事がありません。
そうしたらありとあらゆる素晴らしい事が起こります。
2019年1月13日 主日の御言葉より

 

なんて潔い御言葉。

 

はっきりしていますよね。

これが

やろうか止めようか、首をかしげたり
なやんだりしまくりましょう。
よく考えてみましょう。
神様が射た矢は、途中で止まることもあったりなかったりです。
そうしたらありとあらゆる素晴らしい事が起こるかもしれないし、起こらないかもしれません。

 

という内容だったら、なんともどかしいことか。

 

 

私が摂理の御言葉を好きな理由の一つが
はっきりしているからです。

 

太陽のように鮮明で輝いているから
聞く人の心も輝きます。

 

だから、幼い子供たち、学生たち、青年たちが聞きたがるんです。

 

摂理の御言葉が、ぼやーっとしていたら
私は100%聞きませんでした。

 

私は、神様がなぜ人間を創ったのか、それを摂理に来る前から考えていました。
当然、思い浮かびません。

 

摂理に来たのが18歳。

そのときに、神様がなぜ人間を創ったのかをはっきり教えてもらったのです。

 

目的をはっきり教えてもらったから、私の心がはっきりと目覚めたのです。

 

「神様が人間を創った目的を一緒にこれから見つけよう」

これでは18歳の私は、絶対についていきません。
今でもついていきません。

どこかで聞く言葉だからです。

「へーー、そうだねえ」
で終わったでしょう。

 

はっきりした御言葉に見合うよう、もっと私の心と考えをはっきりさせ、行動もはっきりさせていきたいです。

最近、ぼやっとしてたから悔い改め( ;∀;)

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この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」

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