ペテロの第一の手紙5章7節
神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい。
マタイによる福音書10章19節
彼らがあなたがたを引き渡したとき、何をどう言おうかと心配しないがよい。言うべきことは、その時に授けられるからである。
使徒行伝14章23節
また教会ごとに彼らのために長老たちを任命し、断食をして祈り、彼らをその信じている主にゆだねた。
コリント人への第二の手紙5章19節
すなわち、神はキリストにおいて世をご自分に和解させ、その罪過の責任をこれに負わせることをしないで、わたしたちに和解の福音をゆだねられたのである。
ペテロの第一の手紙4章19節
だから、神の御旨に従って苦しみを受ける人々は、善をおこない、そして、真実であられる創造者に、自分のたましいをゆだねるがよい。
<主に委ねた人たち>は主からもらい、心配を解決して生きました。
<主に委ねた人たち>は自分の考えで生きなかったので、肉も霊も成功しました。
主は霊でいらっしゃるので、<主に委ねた人>は「霊的な人、知っている人」になりました。
<主に委ねなさいという理由>は、主の中ですべての心配が解決するからです。
主は頭でいらっしゃるので、主が分かって行なわれる。
主は救い人でいらっしゃるので、委ねたらたらどんな面でもお救いになる。
<主に委ねた人>は「主の肉」と「主を遣わした神様と聖霊様」が心配を解決してくださる。
自分は救い人ではないので、自ら心配と苦痛を抜け出すことができない。
主は自由になった身だ。死に打ち勝った人だ。だから勝つ。
<主に委ねた人>は愛も勝利して引き上げられた。
<主に委ねていない人>はサタンが愛を奪い、死に引っ張っていく。
2019年11月6日水曜日明け方、主の御言葉より