神様の公義の法は天地が変わっても変わらない。

神様の公義の法は天地が変わっても変わらない。
摂理の鄭明析牧師 明け方の箴言より

 

摂理に来てから聖書の内容について、具体的にこれはこうだと教えてもらうことが出来た。
それでも聖書を読んでいて、客観的に考えると不思議に思うことがある。

 

どんな雑誌でも、どんなに秀逸な本でも
時が立てば殆どが消えていく。
でも聖書は消えない。

 

発行部数も相変わらず世界のトップだ。
消えていくものが殆どの中で、何故、この本が
こんなにも長い間、残っているのか。

 

聖書を読んでいると、旧約から新約に至るまで、
その意味さえ分かれば、今の自分に対してとても必要な本だということが凄く分かる。
摂理に来る前は、聖書を読んで旧約の最初、3ページで終わった。
「意味が分からない(-ω-)」

 

でも今では旧約の中でも、新約の中でも、どちらも好きな聖句というのがある。
自分にとって必要な聖句というのがある。
冒頭に書いた不思議というのはこのことだ。

 

書いた数千年後の人にも必要な話が
聖書の中にあるというのが不思議だ。
その当時の人に必要な話なら、書きやすいかもしれないが
数千年後の人達にも必要であり、
それこそ、その人の人生にまで影響を与えるという本が他にどこにあるだろうか。

 

いま、世界で売れている本も
聖書の中の真理に基づいて書かれた本や
またはそれを意識せずとも聖書に書かれている内容と
一緒のことがかなり多いと感じるのは私だけだろうか。
最近だと自分はこのような聖句に目がとまった。

 

コロサイ人への手紙2章1節
わたしが、あなたがたとラオデキヤにいる人たちのため、
また、直接にはまだ会ったことのない人々のために、
どんなに苦闘しているか、わかってもらいたい。 

 

これはパウロ先生からの手紙。
これを読みながら、鄭明析牧師先生も私達に会えない中でも
いつも御言葉を送ってくださり、助けてくださっていることが重なった。

 

パウロ先生は多くの手紙を書く中で、その思いが切実であり
ただ愛ゆえに多くの手紙を書かれた。

 

目の前にいる人に語るほうがある意味、簡単なのかもしれない。
でも目の前にいない人までも愛するといったら
それは少し違和感があるかもしれないが
その実、やっぱり真実だからそこまで言えるのだろう。

 

自分の子供でもない限り、このような愛はもてないのではないか。
何らかの理由で、自分の子供に会ったことがないけれども
それでも愛してるよと言うのは分かる気がするが。
私はこのような愛をもちたい。
会ってないけど愛してるよという愛。

 

「神様の公義の法は天地が変わっても変わらない。」
神様の公義の法、すなわち真理は天地が変わっても
いくら年月が過ぎても絶対に変わらない。
このような本に出会えたことを心から感謝します。

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この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」
現在、キリスト教福音宣教会の教会である天運教会ヘブンズフォーチュンチャーチ(八王子市北野町)所属

りおのProfile自己紹介

キリスト教福音宣教会

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