<行ないの出発点>は、いつも「善」でなければならない。

出発点は善
 
つまり悪ではない
 
もし妬み 嫉妬 その他の全ての悪い心で
出発してしまったら
何かを行ってしまったら
 
結局得るものが無くなってしまう
 
悪は永遠ではないから
 
 
出発点が善ならば
全てが善になるしかない
 
最初の思いが肝心で
最初が違ったら結局、いつかは最初に戻ってやり直さなくてはいけないときが来る
 
 
善から創られたものは
全てが善になっているから
最後までいっても善だ
 
悪から創られたものは
全てが悪になっているから
最後までいっても悪だ
 
 
もし悪がやはり善で行いたいとなったら
全てを崩して最初からやり直したほうが早い
 
悪の行いの上に
善の行いは積み重ねることが出来ない
 
例えば真っ黒な絵の具で埋め尽くされた絵を
そこからどうして真っ白なものを描けるだろうか
 
物凄い手間もかかるし
最初から白で書いたものに及ぶことは出来ない
 
 
途中でもう一度やり直しというのは
どんなことでも
かなりの労力を費やすものだ
 
 
修理すればいいじゃないか
悪があるのだったらシミ取りをするかのように
悪を取ればいいじゃないかと
思う人もいるかもしれない
 
実体験を言うと
シミを完璧に取ろうとするのはかなり難しい
取ろうとすると生地そのものを傷めてしまうことがある
 
試してみたい方は
シミをわざとつけてクリーニングに出してみてはどうだろうか
完全に取ろうとするなら想定以上の物凄い金額がかかることがある
(お勧めしませんが()
 
 
だから最初から全くない方がいい。
そのように教えて下さった点に感謝します。
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この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」

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