真実に慈しみと善なるところがなければならない

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真実に慈しみと善なるところがなければならない。

-摂理 キリスト教福音宣教会 御言葉より

投稿者プロフィール

RIO
東京都出身。高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早21年。教会内のあらゆる役割を経験。
現在は、つくば市在住。教育関連事業で邁進中。
好きなものは猫。
いわゆるお一人様(^^)/ 独身貴族。
ですが、主と共に生きるのでお二人様。

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  1. <人間の命>は貴重だが、「貴重に使われてこそ」貴重だ。 人間を創造なさった三位一体は、「人間の肢体」を、それに該当するとおりに一生貴重に使うように創造しておかれた。 <手>も一生の間数万のことをしながら使っても磨り減らないし、<目>も<耳>も<口>も使いまた使っても磨り減らない。 しかし怪我をしないように使い、弱まれば治療し、平素から管理をちゃんとしなければならない。そして貴重に思わなければならない。 管理するとおりに強くなる。 -摂理 キリスト教福音宣教会 鄭明析牧師の箴言より
  2. 大きいことだけを考えたら負担になる。 自分ができる小さなことから行いなさい。 行うにしても、神様を考え、神様と一緒に行うことを忘れないでください。 -摂理 キリスト教福音宣教会 御言葉より
  3. 求めなくても神様はくださるが、それはほんのわずかだ。だから求めなさい。
  4. <自分の言葉の御力、祈りの御力>が「実体」になって、どれほど大きな力を発揮するか、「小さいこと」からまず一度やってみなさい。 <祈れ>ば、最初は「小さいこと」ができる。そうしているうちにだんだんと「大きいこと」を求める。神様は「ふさわし」ければ聞いてくださり、成し遂げてくださる。 -摂理 キリスト教福音宣教会 鄭明析牧師の箴言より 2016年8月8日
  5. 生命―詩
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