どんな時に物と事物を見たか どんな時に人を見たか

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<心と考えと感情>に従って見え、主管を受ける。

<人の心と考え>は時に従って違って見え、感じる。視力が落ちるように「判断と考え」が落ちる時がある。その時に見たら正しく見えず、その時に判断したら正しく判断できない。

一日を生きても瞬間、目がぼやけて性能を果たさない時があるし、目がすっきりして性能をちゃんと果たす時がある。心と考えもそうだ。

どんな時に物と事物を見たか。どんな時に人を見たか。‐これが本当に重要だ。考えと判断が完全か、ぼやけているか。‐これに従って「正常」に見えるか、「非正常」に見えるかが、左右される。

-摂理 キリスト教福音宣教会 御言葉より

投稿者プロフィール

RIO
東京都出身。高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早21年。教会内のあらゆる役割を経験。
現在は、つくば市在住。教育関連事業で邁進中。
好きなものは猫。
いわゆるお一人様(^^)/ 独身貴族。
ですが、主と共に生きるのでお二人様。

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