孤独感が強い時は、神様を呼び求める機会

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皆さんも、いつも1人で寂しいと言わないで、そういう機会を使って、神様を、主を呼び求める機会にしなさい。
神様と自分。
寂しいとか言わないで、天と会ってください。

 

私も言いました。
「あの多くの群衆はどこに行ってしまい、私1人なのか(『埠頭の孤独』より)」。
そういう時にもっと神様が共にしてくださり、働きかけてくださいました。
おびただしい群衆がいなくなって、外国(注:日本)で私一人でした。

 

あの多くの群衆はどこに行ってしまい、
私1人なのか
まさか、誰か1人
私を呼んでくれる人がいるだろう
四方八方見回しても
私の顔だけが水に映る
かもめが悲しく泣き
汽笛も悲しく泣く

 

雨はその埠頭に降っていました。
「雨が降ってもっと寂しくなる」。
そういう詩を書きましたが、それが歌になりました。

 

このように、「寂しい、孤独だ」とばかり言わないで、そういう静かな時間を、使ってください。

 

遊んだところで、群衆の中に行ったところで、残るものはありません。
世の中の、社会の群衆。

イエス様もベツレヘムの寂しい所にいました。
そういう時に神様と近くなり、一体となって、全人類を救うことを悟るようになりました。

2010年8月14日(土)明け方の御言葉より

投稿者プロフィール

RIO
東京都出身。高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早21年。教会内のあらゆる役割を経験。
現在は、つくば市在住。教育関連事業で邁進中。
好きなものは猫。

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