祈りの力ー神様が全て聞いてくださいます

祈らなければなりません。

祈らなければ、神様がどのように自分に働きかけ、導いていらっしゃるのかが分かりません。

祈らない人はご飯は食べても息をしていない人と同じです。

祈らない人はしゃべらないで生きる人と同じで、互いに通じ合わなくなります。
恋人や隣の人と話さない人と同じで、神様と対話をしないで生きる人生です。

 

必ず祈らなければなりません。
祈らなければサタン、悪霊達が黒い服を着て、だんだんと近付いてきます。

 

このサタン、悪霊達が祈る人に近付くと、神様は怒って、使者を送って追い出してくださいます。

 

祈らない人はヘビが自分が寝ている部屋に入って、布団の中に入ってくるのと同じだし、毎日洗わない人の体と同じで、
だんだんとうっとうしくなり、いらいらして、恨みがつのり、希望がなくなり、他のところに離れて行きたくなります。
祈らなければやっていることがうまくいかないし、神様と主とだんだん遠ざかります。

 

祈れば神様が悟るようにしてくださり、感じるようにしてくださり、知恵を与えてくださり、病気も治り、肉体も健康になり、願い事も成就します。
祈れば心配、悩みがなくなり、希望に火がつき、心が嬉しくなります。
祈れば主がその人の近くに行かれるし、天使達がその祈りを神様のところに持って行くためにそばで聞いています。
祈れば自分の縛られている心の紐が解け、切れます。

 

祈ることがありませんか。
主のために祈り、自分の霊と肉のために祈り、兄弟と民族のために祈り続けなければなりません。

 

祈りは御わざであり、仕事であり、主権だと言ったのではありませんか。
祈りはすべての人たちが神様の前で訴えることであり、神様からもらえるようにすることです。
祈ることが御旨です。

祈れば将来のことも知るようになり、御言葉もよく聞こえ、深く悟れるようになり、どんな患難にも打ち勝つようになります。

祈らなくて地獄に行く人たちがどれだけ多いのか聞いたらびっくりするでしょう。

 

祈りは随時しなければなりません。
神様との対話です。

 

自分のために、家庭のために、民族のために祈らなければなりません。

祈ることで、祈らなかった罪を犯さないようにして下さい。
祈れば罪を犯さなくなります。
問題がある時、祈れば解決します。

 

もどかしくて人と話せない時には、神様に祈らなければなりません。

 

長く祈ることができなければ、神様とイエス様に事情を話すように話せばいいです。

 

2007年に人々と言葉が通じなくておしのように暮らしていた時、神様に祈りなさいとイエス様がおっしゃったので祈りました。
その時のいろいろな状況が祈ることで解決できました。

話せる人がいなかったら神様に祈って下さい。
傍にいると思って話して下さい。
黙り込んでいるより有益ですから。

 

過去に祈って神様が答えて下さることで危機を乗り越え、勝利をしたように、祈ればまた奇跡が起こります。

 

祈っても時が来なければ成就しません。

 

涙の祈りは聞いて下さり、聞いてあげるべき祈りは必ず成就して下さいます。
命のための祈り、感謝する祈り、管理の祈り、死亡圏に溺れている人のための祈りを捧げなければなりません。
祈れば神様がすべて聞いて下さいます。
自分の悔しい思いをしたことだけでなく、様々に祈ればすべて叶えて下さいます。

 

祈りはサタンも止められません。敵をなくし、敵を退かせます。

 

先生もベトナム戦争の時、独哨(1人で歩哨に立つこと)している時がありました。
中隊のみんなは戦闘作戦に出かけ、7、8人だけが残って部隊を守っていたある日の夜でした。
東西南北4箇所を8人で守らなければなりませんでした。
1つの詰所に2人が交代で、最初の人は夕方の6時から12時まで歩哨に立ち、次の人は夜の12時から次の朝の6時まで歩哨に立ちました。

先生は夜の12時から翌朝の6時まで歩哨に立つことになりました。
警戒をし、歩哨に立っていました。
トゥイホア海岸側の砂浜の横の詰所で歩哨に立っていました。

 

12時過ぎ、明け方の1時頃、80あまりの敵が現れて、部隊側に向かってきていました。
部隊に兵力がいないという情報を敵は知っていて攻めてきていました。
敵は部隊を囲っている鉄条網によじ上っていました。

 

 

本部に合図を送りましたが、担当者が居眠りをして受け取れませんでした。
はらはら、やきもきしました。

敵達は機関銃で武装し、鉄条網の隣、私の立っている詰所から5メートル離れたところにみんな集まって、月明かりの下(もと)で私が立っている詰所を眺めていました。

私は壁にくっついて、やきもきして祈っていました。敵の武器と武装した格好を見ると、みんな特殊部隊でした。

 

鉄条網の下に設置したクレモア4個を爆発させれば数十人は殺せますが、それでも半分以上の兵力が残るので、結局1人で敵達と戦わなければならないし、
隣の詰所の人は居眠りをして来れないだろうから、一瞬にして死に直面することになりました。

 

その時、「私は彼らの命を助けるから私も神様が助けて下さい」と、決心して祈り続けました。

特別な答えもありませんでしたが、目から熱い涙がとめどなく流れていきました。

 

「私は彼らを生かすために、彼らを殺せる武器があってもスイッチを押さないのに、敵たちは鉄条網を越えて来ようとしています」と、最後まで祈り続けました。

 

暫くして目を開けて見ると、十数人だけが残って、みんな浜辺の道から戻って行きました。

残っている十数人もじゃれあって平和に戻って行きました。

 

祈ることでこのようになりました。命を大切に思わず、武器にばかり頼ってクレモアを爆発させ、手榴弾を爆発させたなら、3、40人は現場で死に、残りの兵士たちが私の居場所を確認して、私も殺したでしょう。

祈ることで敵も助かり、私も助かりました。

神様はそのような極限の状況で祈っても答えがありませんでした。

その当時は神様に言われても従う状況ではありませんでした。

銃を撃ち、手榴弾を投げつけ、今クレモアを爆発させなさいと言われてもできなかっただろうし、我慢しなさいと言われても我慢できないほどの切羽詰った状況でした。

私の方から判断して命を愛し、祈るようになさったのです。
その日の夜、天の天軍たちが私の周りを囲んでいるのが熱く感じられ、胸がじんとしました。

 

イスラエルのエルサレムをスリヤの軍隊が囲んだ時、エリシャの使いゲハジは心配しました。
その時エリシャが彼の目を開いて、天から送った軍隊を見せ、スリヤの軍隊より神様がつかわした軍隊の方がもっと多くないのかと言いました。

祈って、彼の目が盲人になるようにし、自分の民族のところに戻ってから再び目が見えるようにした、
列王記下6章14~20節の状況が、強く頭に浮かんで来て、その日の夜も神様が送った天軍たちが来ていたのだと悟るようにして下さいました。

祈ることでしるしが起こりました。
話を聞くだけでも鳥肌が立ち、身の毛がよだつ死の谷に直面した時、神様は死ぬ直前に恵みを施して助けて下さったのです。

だからみんな落胆せずに祈らなければなりません。

2008-07-13 主日の御言葉
テサロニケ人への第一の手紙 5章12節から5章22節,
主題:このように生きなさい
より抜粋

投稿者プロフィール

RIO

東京都出身。高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早21年。教会内のあらゆる役割を経験。

現在は、つくば市在住。教育関連事業で邁進中。

好きなものは猫。

いわゆるお一人様(^^)/ 独身貴族。

ですが、主と共に生きるのでお二人様。


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