「自分のもの」だから貴重に思って管理する

こんにちは、はるかすです( ˘ω˘ )

今年の1月から、職場の体制が変わった事がきっかけで、あるチームのリーダーを任されるようになりました。

そして最近、チームのメンバーから、チームに配属されてきた新人に対して私(はるかす)が甘すぎるのでは。と指摘を受けました。

新人は新人でも「社会人」なんだから、甘やかす必要はないって・・・

むむ、?( ˘ω˘ )わたし甘やかしてるつもりはなかったけど~・・

 

ちょっと色々気にかけてあげないとあぶなっかしいところはあるなと思って、常にフォローしていたのはありました。

立場上、指導はしないといけないけど、わたしってそんなに過保護?接し方、間違っている??と新人教育の事で色々悩み、考えていましたら

先生がこのような箴言をくださいました。

 

<自分のもの>と思って手をかけることもし、助け、管理してのみ、「自分の所有権の喜び」も「希望」も享受するのだ。

<自分の体>のように、<自分の家庭のもの>のように、隣人も民族も助け、管理しなければならない。

そうすれば人々と万物によっても「創造主の喜びと愛」を感じ、悟り、喜び、交通し、対話もして生きるようになる。

2018年5月17日明け方の箴言より

 

あ~~なるほど。

私は、チームを任された責任感もあるけど、

何よりも縁あって同じチームになったメンバー一人一人、大事に思ってて、

皆の個性がどうしたら生かされるのかなって思いながら色々動いてたんだな・・とこの箴言を読んで感じました。

チームのメンバーが楽しそうに働いてたら私もうれしいし、仕事が上手くやれたら同じく喜びました。

 

人は「自分のもの」は貴重に思い大事にしますが「他人のもの」は関心もなく、惜しいとも思いません。

だから、人も万物も、「自分のもの」「自分のからだ」のように思って接してこそ、貴重に接することができるし、

そうしてこそ、貴重に接した相手から「喜び」や「愛」を得るようになるのだと教えてくださいました。

 

そして、この世界のすべてを手ずから創造された神様も、私達に対してこのような心情なのだなと、感じました。

創造主の愛を、何千億分の一くらいかもしれないけど、このように生活の中で体験できているんだなと、感謝しました。

 

ま、指導の仕方で、過剰に助けちゃったところは、もしかしたらあったかもしれないからそこは謙遜に直す努力をして・・←

チームの大事なメンバーとして頑張ってほしいし、活躍してほしいから、

いつも気にかけて助けてあげるのは当たり前の事なんだ!そこは、自信をもつぞ( ˘ω˘ )ドンッ

 

職場を通しても、神様の教育を受けられて、感謝ーー( ˘ω˘ )

 

 

以下、漫画。

猫の神様が定着しつつある。

 

 

隣人を「自分の体」のように愛しなさい。

そうすれば自分の体のように喜びを得て、その人から愛も感じて得るだろう。

2018年5月17日明け方の箴言より

 

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