[Word]功績を立てる生き方とは(1)

  • URLをコピーしました!

新約聖書コリント人への第一の手紙3:10-17

世の中の万事には全て時があります。神様は時を美しく創造なさいました。だからその時を見逃さないで、やるべき時に働いてこそやり甲斐があるし、うまくいくし、効果もあるし、疲れないし、決まった時に花を咲かせ、実を結んで、豊かに刈り入れることができるということです。


 今週の御言葉は、天のために地上のために功績を立てる生き方をしなさいとおっしゃいました。功績者というのは実績をたくさん立てた人のことを言います。功績を立てて多くの人に有益を与えた人を功績者と言います。

 パウロ先生も功績について話しました。今日の本文を読んでみると、イエス様はちょうど家の土台と同じで、イエス様を信じて救われた人達はその土台に家を建てる人と同じだと譬えて話しました。また、譬えを用いて、木で家を建てる人もいれば、金や宝石で価値のある家を建てる功績者もいるし、藁や草など様々な材料で家を建てる人もいると言いました。

 神様はその功績を見分けるために火で焼いてみると言いました。火に焼かれてしまったら災いを受け、火に焼かれなかったらその功績は輝き、賞をもらえるようになると言いました。これは功績を評価するため、火によってためすということです。宝石や金で家を建てた人は、火で焼いてもその功績がそのまま残って輝くので、賞をもらえ、褒められるとおっしゃいました。
 神様は金のような功績、宝石のような功績を立てる生き方だけを認めるという話です。

 過ぎた歴史を振り返ってみると、よく人々はこの世で暮らしていた方法や基準によって神様に接したり、神様が遣わした方に接したことを見ることができます。ノア、アブラハム、モーセ、ヨシュア、イザヤ、エレミヤ、ダニエル、ギデオン、ダビデ、ヨセフなど、多くの中心人物達に対して、この世の人に接するように接したのです。

 ユダヤ教の人達もイエス様に対して、この世の人に接するように接したので、イエス様は「彼らは私を見捨てた」とおっしゃったのです。

 中国の歴史を見ると、王に対して功績を立てるために、象牙で様々な彫刻品を美しく神秘的に造って捧げました。あるものは20年、あるものは30年もかけて造りました。王は彼らが自分をどれだけ愛しているのかを悟って感激し、その功績に感嘆しました。そして彼らのことを歴史に記録させて、後世の人達にも知らせ、王がそのものを使ってから博物館に残して、人々に見せたのです。このような功績はこの世的に、金のような功績だと言えます。


 私達が神様に接したり、主に接する時、王に接する時よりももっと貴く、恐れと感謝とを持って接して初めて、その功績は金のような功績になります。

 神様は王の中の王であり、主の中の主であり、神々の中の唯一の神様である全知全能な存在者です。私達が行なったことの一点一画まで報いて下さる存在者です。自分達がそのような神様にどのように接したのか、過ぎた日々を振り返るのです。神様に接する時には形式的にしてもいけないし、外見だけでしてもいけないし、半信半疑の気持ちで接してもいけません。恐れおののき感謝を持って接しなければならないし、心と思いと命を尽くして神様を信じ、大事に思い、尊敬して初めて、金と宝石で家を建てた人のような功績者になれるのです。

 歴史的に世界的な功績者を振り返ってみると、電気を発明したエジソン、ペニシリンを発明したフレミング、飛行機を発明したライト兄弟、新大陸を発見したコロンブス、自動車の大量生産システムをつくったフォード、地動説を主張したコペルニクス、印刷機を発明したグーテンベルグ、汽車を発明したスティーブンス、など多くの人々が世界的な功績を立て、私達もその発明品を使って、彼らの偉大な功績を褒め、驚嘆しています。

 世の中で功績を立てても賞を貰えない人もいます。世の中の人々は彼らの功績を知らなくても、炎のように人生を調べている神様は、全てを知ってその代価を下さるということを悟らなければなりません。私達が神様の前で立てる功績の数は、数え切れないほど多いです。金で家を建てるように、宝石で家を建てるように価値のある功績を立ててこそ、天の日のように、月のように、星のように輝き、その代価を貰えるようになります。

 それでは金のような功績とはどういうことなのか、聖書を中心に調べます。

続く

2002年4月14日 説教者:チョンミョンソク牧師

 

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次