
善と悪は最初は一緒に存在しても、悪の進む目的地と善の進む目的地とは違うので、途中から別れるようになります。
猫の子と虎の子と犬の子と熊の子と羊の子と狼の子が子供のときは一緒に暮らします。しかしどんどん大きくなるにつれ、その性格が現れ、その形も変わってきます。
皮の色が黒くなったり、まだらになったり、羊は白くなり、狼は黒っぽくなって、見ただけで羊なのか狼なのか犬なのか分かるようになるので、一緒に暮らすことはできなくなります。
神様もいつの時代を問わずそうであったし、人間の世界はそのようになってきました。
神様は終末のとき裁きました。創世記から黙示録までを読んでみると、善と悪をいつも分けてきました。善が悪の中に入ってもいけないし、悪が善の中に入ってもいけません。悪は悔い改めることで許されて初めて、より善になります。
善に属して神様の子となり、天の新婦となるためには、蕩減をすべて受けてから、行ないの悔い改めをしてから善の世界に入ってきてはじめて回復することができます。
宗教ではいつも善と悪の世界を扱ってきました。最初は善と悪が一緒に存在します。人間個人の心の中でも善と悪が一緒に存在します。
誰でも善によって悪に打ち勝ったら、人生の勝利をした人です。その人は救われた人です。死の暗い谷から免れた人です。善良に生きた人はサタンに打ち勝った人であり、悪魔に打ち勝った人であり、神様を愛した人であり、キリストを迎えた人です。
苦しいからと言って悪い生き方をし、正直に正しく生きようともがいている人たちのことを惑わしつまずかせ、より悪側に引っ張り出して信仰を破産させてしまう人たちは、神様が許さないで裁くと宣言なさいました。人を誘惑する人たちやつまずかせる人たちは自分自身がすでに死亡圏の中にいるからであり、闇の主管を受けているからそのような心が生じるのです。
続く
2000年9月3日 主日礼拝 <主題>麦と毒麦より抜粋 説教者:チョンミョンソク牧師
