[Word]種は誰?畑は誰?毒麦とは誰?(3)ー【2000年9月3日主日礼拝 麦と毒麦より抜粋】

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イエス様がおっしゃったように、婚宴の場所で礼服を着ていなかった人たち、王がけしからんと言って、その行ないが正しくないと言って、外の暗闇に追い出した人たちと同じです。神様の時代の歴史の婚宴で行ないの正しくない人たちのことは、神様がその義をはかり行ないをはかり、羊とヤギを見分けるように善悪を分けて裁くようになったのです。

人間はどこまでが善でどこまでが悪なのか、悟ることが出来ないまま生きています。また善と悪のことを悟ったとしても守ることが難しいので善と悪を共に行なって生きていくようになります。神様とその遣わされた方を信じることが善であり、その御言葉を行なうことが救いです。

詩篇1:1を読んでみると、幸いな人は悪人のはかりごとに歩まず、その誘惑にも負けないと言いました。悪人はちょうどもみがらのようで、もみがらは収穫の時に風に吹き飛ばされるように、悪人も義人の群れの中に入れないで忽然と消えてしまいます。

神様は善と悪をさいて分けます。だから創世記の時から黙示録までの善悪の生き方は見分けられ、さかれてきました。神様の主管を受けられないでサタンの主管を受けるようになったら、結局闇の方にその人生は傾くしかありません。

救いとは死んでからもらうのではなく、今生きている間毎日受けるものです。正しく生きれば義なる人としてその日その日毎日義なる人としての扱いを受け、神様が義なる人に与える祝福を毎日受けます。

人の子は必ずよい御言葉の種をまいて、よい天の命を御言葉によって変えます。それでも人間が責任分担を果たせなかったら、自分が救われないことによってねたみ、義なる生き方をする人たちのことを悪口を言ってつまずかせます。

自分の責任分担を果たせなくて救われなかったことの苦痛も大きいですが、人までつまずかせて救いに至らせなくする人たちは倍も地獄の苦しみを受け、倍の蕩減を受け刑罰を受けるようになります。悔い改めるとき、より死亡圏から生命圏に出てくることができます。

神様を前にして神様が愛する義人たちに対してひそひそ悪口を言うことを神様が聞かれたら、天使を送って毒麦を火で焼き尽くすように直ちに彼らを御言葉の火で焼き尽くすようにします。

神様の歴史の仕事は人間がやっているのではなく、神様がなさるのです。

続く

2000年9月3日 主日礼拝 <主題>麦と毒麦より抜粋 説教者:チョンミョンソク牧師

 

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