死のうとすると青春が惜しく、生きようとすると苦労ばかり(4)ー鄭明析牧師

文献:「私だけが歩んできた道」より
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の続き

 

創造論の封印を解いたタリコル祈祷窟で見ていると、母が1人でフェッコル道に座って、草取りをしている姿が目の前にはっきり見えた。特にカムナム山の最高峰から見下ろすと、肉眼でも近くに見える。私が降りて行けば一度に2列の草取りができるが、母1人では脂汗を流しても不可能であった。

「私が天と通じた後に降りていかなければ」。そうしているうちに、結局ひと夏の間降りていくことができなかった。だからどんなにお腹が減って腸が枯れても、良心のゆえに、家に入って食事を共にすることができなかった。私の糧は、命の御言葉と山鳥たちが取って食べる山のあらゆる木の実だった。

つい先日、祈りの場所に行って山桜の実を弟子たちと一緒にパクパク食べながら、昔の修道生活をしていた時にそれを食べた話をしてあげたことがあった。弟子たちが山桜の実を食べたら、とても美味しいと言うので、続けてたくさん食べてみなさいと言った。すると口の中では甘いが、お腹が痛いし、ふらふらすると言った。山の木の実は少しずつ食べる時は美味しいが、主食となれば違う。お腹が空いて、ベルトを締める時に食べるしかない実だと私は悟った。

このような運命の道は、私にとって10年、20年どころではなかった。ああ、あの時のことを考えてみると、すべてが夢のようだ。練達と人生の試練、苦痛と苦悩・・
(続く)
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この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」

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