死のうとすると青春が惜しく、生きようとすると苦労ばかり(5)ー鄭明析牧師

文献:「私だけが歩んできた道」より





の続き

今は摂理の中で以前のような苦痛が押し寄せてくるが、私についてくる人たちがいるという喜びを栄光とみなし、主である神様に栄光を帰す。

昔、苦痛の中にあった時は「彼が私を練達した後、私は金のように出てくるだろう」というヨブ記の聖句が思い出されたりもしたが、私には希望も望みも期待する思いもそれほどなかった。私は練達というより、苦労と人生の運命を思っていただけであった。

今になって考えてみると、その頃の出来事が私の人生の試練と練達であったことをつくづく実感するだけである。未来がどんなに良くなると言われても、天が崩れていくような苦労と逆境をあまりにも味わってきたので、絶望と諦めしかなかった。けれども私は崩れても、私を練達して下さった神様は崩れるようなことはなかった。

仕事が多過ぎて、うんざりと嫌気がさしてきて、仕事場にも行きたくなかった。だから「食べることがそんなにも大切なのだろうか。もがかないと食べることができないなら、いっそのこと食べずに、もがくのをやめてしまおう」という考えが生じた。それで一時は心霊の喜びだけを追及したが、結局食べることをすっかりやめて、お祈りと賛美、聖書を読むことだけで日々を過ごした。

食べることをやめると肉体が倒れ、霊の喜びも肉体の基盤が壊れると持続できなかった。結局限界を超えていくことができなくて、絶壁にぶつかることになった。その時、肉体も磨いて霊も磨かなければならないことを、じわじわと実感するようになった。

肉体も救い、霊も救ってこそ、霊肉の完全な救いに至ることができると悟るようになった。それが完全な救い、惨めさから逃れた救いであることを強く悟った。人生を楽に生きることがどれほど難しいかを私は悟り、経験したのだ。人生を楽に生きる人々が、どれほど幸福に満ちた人々であるかを知るようになり、彼らを羨むしかなかった。

ネズミの穴にも日が射す時があるということわざだけが、私の心に糸のような希望を与えてくれた。

(続く)

投稿者プロフィール

RIO
RIO
東京郊外出身&育ち。保育事業代表。保育士免許&保育園勤務経験あり。
高校生の終わりごろ、摂理の教会に来てから早20年。

◆年齢:山ちゃんと同じ

教会内のあらゆる役割を経験。祖父、叔父はお坊さん。
 
【好きなもの一覧】
◆食べ物:野菜、味噌汁、卵、ラーメン
◆映画:踊る大捜査線、ジブリ
◆漫画:キャプテン、コナン、るろ剣、ちいさいひと、正直不動産など(あげたらキリなし)
◆キャラ:ピッコロ、剣心、般若、安慈、イガラシ、流川、三井、木暮、赤井秀一
◆ゲーム:ドラクエ、FF
◆芸能人、著名人:YOSHIKI、織田裕二、NON STYLE、サンドウィッチマン、ホリエモン、せやろがいおじさん
◆スポーツ:高校野球、フィギュアスケート
ブログにきてくださったみなさまへ 当サイトに掲示された絵、写真、文章、映像などの著作物一切は信仰、教会の親睦、宣教の目的に創作され、著作権が保護されており、本来の目的以外の用途に使用される場合は、関連法令に抵触する可能性があります。当サイトの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用・スクショ等の行為は一切なさらないようお願いいたします。
PAGE TOP