いつも心配していた青年 鄭明析牧師(前編)ー何故神様を愛するようになったのか

どうして私が神様を愛したでしょうか。私は飢えと寒さに悩み、いつも心配していました。何を食べたらいいんだろう、何を着ればいいんだろう、どうやって生きていけばいいんだろう。

それくらい私が住んでいたその山奥は、カッコウが鳴く、コノハズクの鳴く、希望の見えない寂しいところでした。心配、悩み。散々悩みました。そしてたくさん泣きました。
画像摂理の鄭明析牧師チョンミョンソクが住んでいた家
鄭明析牧師が住んでいた家 画像出典:鄭明析牧師サイト

お兄ちゃんたちに頼ったって、親に頼っても、せいぜいその山奥の畑くらいしかないでしょ。そして柿の木何本かしかない。

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鄭明析牧師の家族 右上が鄭明析牧師 下段真ん中にお父さんとお母さんで他は兄弟姉妹 画像出典:鄭明析牧師サイト

十何歳かのときにお父さんに試しに話してみました。そうしたら
「この畑は長男にあげなきゃ、あの畑は2番目の息子にあげなきゃ」と言いました。
「私は? 私は何をくれますか? 」
「あなたにはあげる畑がない、水田はもともとなかったし。」
「それじゃ不公平です。畑仕事なんかやりたくない、もうやめます。お父さん、畑を作ってでも私に畑をください。私は畑を作る力はないから。」
と話したら、お父さんはわっはっはっはと笑って、
「いや、お前、畑を作る仕事はもうできないよ。」
「じゃ、僕は勉強して公務員でもなったほうがいいです。」と話しました。お兄ちゃんたちに畑を与えてしまったら私は何も残らないんです。
(続く)

いつも心配していた青年 鄭明析牧師(中編)お坊さんとの対話
いつも心配していた青年 鄭明析牧師(後編)「イエス様が来たときには全てが成し遂げられる」

2006年1月29日 鄭明析牧師の話より抜粋

冒頭画像出典:鄭明析牧師サイト

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この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」
現在、キリスト教福音宣教会の教会である天運教会ヘブンズフォーチュンチャーチ(八王子市北野町)所属

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