[Word]「イエス様がタラントの譬えを通して教えたこととは」

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イエス様がタラントの譬えをとおして教訓し、悟らせようとした事がありました。

一番目は、神様は全ての人にその人の才能に応じて仕事を任せたということです。だから、自分が足りないと思ったり、自分には小さいものしか任せていないと疎外感を感じたりする必要がないのです。

もう一つの教訓は、主人が仕事を任せてから、主人がいなくても忠誠を尽くしてやっているのかどうかを、その働いた事をとおしてみることができるから、主人がいなくても熱心に忠誠を尽くしなさいという教訓をしようとしました。よく人々は、主人がいないと、熱心にやっていた事もやらなくなるし、忠誠を尽くして働かなくなります。そういう人はそのままにしておかないで、裁いて追い出して、みんなに教訓になるようにしました。エデンの園でもアダムとエバは、神様が仕事を任せたから、忠誠を尽くして言われたとおりに行うべきでしたたが、そのように出来なかった事で追い出されてしまいました。

また、主人は仕事を任せておいて二度と来ないのではなく、心配をして、再び現れるという教訓です。主人が必ず来るということを分かって、熱心に頑張りなさいという教訓です。また、いつかは主人が遠い外国に行く事になって、残っている人たちに仕事を任せていくので、主人のように忠誠を尽くし、熱心に働かなければならない時がある、という教訓です。イエス様はタラントの譬えのように、みんなに仕事を任せていかれました。そして再び再臨して来られることをおっしゃったのです。新約2千年間、タラントを任せて、働く期間を与えて下さいました。この時代も天の主人公は仕事を任せておいて、遠い外国に行く事があったということです。任された人は忠誠を尽くし、再び主人が戻ってくるから、熱心に働きなさいという話です。

これから、タラントの譬えに関する本文の話をしましょう。イエス様は譬えを使っておっしゃいました。ある人が自分の僕たちを呼んで、自分の財産を分けて任せたが、それは自分が遠い外国へ行かなければならない事があったからです。それぞれの才能に応じて、一人には5タラントを、ある人には2タラントを、また他の人には1タラントを任せました。

外国から戻って来て、主人がタラントを預けた人をみんな呼んで、会計をする事になりました。5タラントをもらった人は5タラントをもうけました。10タラントを持ってきて、5タラントを預けられ10にしたと話しました。主人は「忠誠を尽くした者だ」と誉めました。2タラントをもらった人は更に2タラントを増やして4タラントを主人の所に持ってきました。主人が「忠誠を尽くしたよい僕だ。主人の喜びに参加しなさい」と話しました。

ところで、1タラントをもらった人がきて、「あなたは酷な人だと思って、タラントを地に埋めておきましたが、それを持ってきました。あなたの分を受け取って下さい」といいました。それで主人は、「私が蒔かないところから刈り取り、散らさないところから集めるものだと思うのか。銀行に預けておいたなら、その利子でもあったのではないか」と叱りました。そしてその1タラントをとりあげて、10タラント持っている人に与えました。「持っている者は更にもらい、もっていない者は持っているものまでも取り上げられるものだ」と話しました。そして、「この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼はそこで泣き叫んだり、歯噛みをしたりするであろう」と話しました。

この1タラントをもらった人は、主人のことを誤解していました。主人は何もしなくてもいいものだと思って、主人のように何もしないで、タラントを地に埋めておいたのです。普段、主人の心を知らないでいた人でした。タラントを任せたところ、愚かな行動をした人と、知恵をもって熱心に働いた人がいました。

この教訓は、この時代も同じです。時代の主人が遠い外国に行く事になって、主人がやっていた仕事をみんなに使命のタラントとして預けていく事になりました。自分のタラントまたは使命は、偶然のようでも、神様が任せた仕事であることを悟らなければなりません。小さいものを任されたと文句を言うこともないし、多くのものを任されたといって、負担に思う必要もありません。それぞれの才能に応じて神様が任せたことです。主人は再び戻ってくるでしょう。本文のタラントの話のように、主人がいなくても忠誠を尽くしたかどうかを見て、今日の本文の話のとおりになさるということです。

今週の御言葉で、私達が悟って知っておかなくてはならない事があります。主人がいない時というのは、熱心に忠誠を尽くして働ける期間であることを悟らなければなりません。主人がいる時に働くのは当たり前ですが、主人がいない時に働く人が忠誠な人です。世の中の働き人たちも、社長や指導者が仕事をまかせ、熱心に働いているのを見たら、その主人達は喜ぶものです。神様はそういう立場である事を、イエス様をとおしておっしゃったし、イエス様もその時代の神様の摂理の歴史を悟らせようとしたのです。忠誠を尽くす時、タラントを残せるし、主人にほめられます。

主人はこれからも主人の喜びに参加しなさいと話しましたが、それは神様の救いの歴史、命の歴史にいつも参加しなさいという話です。人間は神様をだます事は出来ません。人を見て働かないで、神様のことを思って熱心に頑張り、自分達を救った方のことを思って熱心に頑張らなければなりません。また自分達が既にもらったから、その代価を払わなければなりません。

そして神様の仕事、イエス様の仕事、主人の仕事ではありますが、それが自分の仕事でもあります。「誰が為に鐘は鳴る」。結局は自分の為に鐘を鳴らすのです。仕事はすればするほど力が与えられ、知恵が与えられ、仕事がうまく出来るようになります。そして、才能と素質ももっと開発されて、もっとうまく出来るようになります。

最初はうまく出来なかった事も、どんどんやっているうちにうまく出来るようになります。神様はイスラエルの預言者をとおして、これから新しい仕事をするとおっしゃいました。つまり、旧約時代の時もより新しい仕事をなさったし、その新しい仕事というのは、旧約をやめ、新約時代に新しい歴史を起こす事をおっしゃったのです。

それはちょうど、荒野の砂漠に川が流れるようにして、そこにダチョウやキリンやさまざまな動物が集まるようにするように、神様の新しい歴史の川を流してみんなが集まるようにするとおっしゃいました。これは命の歴史、命の御言葉のために、みんなが新しい歴史の前に集まってくる事を話したのです。その事は、イエス様の時、イエス様をとおしてなさいました。この時代も、続けて新しい事をなさっています。

2000年4月2日主日の御言葉 説教者:チョンミョンソク牧師

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