2021 主日礼拝の主題と要約

キリスト教福音宣教会で2021年に伝えられた、主日礼拝(日曜礼拝)の主題と御言葉の要約です。(随時更新)
キリスト教福音宣教会 公式御言葉twitterに掲載された要約を引用、参考にしています。

目次

2021年1月3日 霊も肉も新しく

<本文>ローマ人への手紙12章1節から9節
2021年は新しくしなさいと言いました。新しくするのは自分のためです。新しくしてこそ、望むとおりに生きることができます。変化しなければなりません。精神、考えが正しい状態で礼拝を捧げた時、生きた捧げものになります。また、主と共に礼拝しなさいということです。それが神霊な礼拝です。
神様が喜ばれることが何かを研究しなければなりません。新しくした時に祝福もして下さいます。「変化」はいいことです。「変質」してはいけません。変化は生き返ることです。復活です。新しくしないと、去年と同じことを繰り返すことになります。
新しくしてこそ次元を上げることができます。もっと大きい御心を成すように、新しくしなければなりません。霊も肉も新しくなる皆さんになることを祝福します。

2021年1月10日 理想世界

<本文>イザヤ書11章1節から9節
霊も肉も新しくなるためには、もっと次元を上げて豊かにやらなければなりません。神様の御心は、御言葉通りに生きる時に成されます。どんな試練や試みが来ても、絶対は変わることのない信仰がなければなりません。新しくすることができなければ、問題を解くことができません。
次元を上げるためには、新しいことを考えなければなりません。新しくやろうという使命感を持たなければなりません。新しくするためには、聖霊の御働きがなければなりません。大きな希望を抱いていく皆さんになることを祝福します。

2021年1月17日 神様の時と期間

<本文>伝道の書3章1節から8節、マルコによる福音書13章33節
できなければできないまま終わりです。すべてに時と期間があります。時を守る人が成功し、自分の夢を成します。本人がやらなければなりません。瞬間過ぎる機会もあります。霊感で、人を通してその機会が来ます。神様の時代の時があります。時を守りなさい、時を待ちなさいという話です。
神様が下さった機会を逃したら、それで終わってしまいます。時を大切に思わなければなりません。万事に時があります。いつもそのことに気を使わなければなりません。期間があります。その間にできなければなりません。すべてのことが盗人のように来ます。だからいつも準備していなければなりません。
時が来たら、状況が悪くてもやらなければなりません。時だけを見て行なわなければなりません。行なった時に三位が働きかけてくださいます。時が来たら、他のところに時間を使ってはいけません。時は成長した通りに、準備した通りに来ます。だから早く成長しなければなりません。
神様は時計のように時を守られます。だから時を守って、時計のように生きなければなりません。時を守った人は時を逃した人と共にすることができません。毎日心、行ないを新たにすることで、勝利する年です。機会が来た時、問題も一緒に来ますが、つき進めなければなりません。

2021年1月24日 切実な祈りによって神様が生かしてくださった

<本文>エステル記4章15~17節 出エジプト記14章21~25節 列王記上18章36~40節
祈ったら、無念な目に遭って死ぬ環境から助かりました。苦痛と無念さを抜け出しました。いつもこのことを覚えて祈らなければなりません。私たちが忘れずに祈らなければなりません。そうしたら無念な思いをさせた人たちに報いてくださいます。
いつも古いものから抜け出すためには、紅海のように遮るものもあるし、エジプトのように追いかけて来るものあるから、祈ることで退かせなければなりません。
この時代、エリヤのような心情を持って生き、エリヤのように祈らなければなりません。またこの時代のダニエルのような人たちになって、神様を信じ愛して祈らなければなりません。祈りは仕事です。祈ったら解決されます。真実な祈り、深い祈りをしなければなりません。
祈りは聖三位と通じる、唯一の通路です。祈ってこそ、正しく判断できるし、堅固になるし、サタンにも勝ちます。神様にはただ、真実さだけが通じます。御言葉を行ないつつ祈らなければなりません。祈りは対話であり、愛です。愛する人の祈りを聞かれる聖三位です。

2021年1月31日 御言葉と祈りで神様と聖霊様の武具を身につけなさい

<本文>アモス書8章11節から13節、エペソ人への手紙6章10節から19節
神様は必ず成し遂げます。御言葉通りに成されます。神様の御言葉を受け取ることができるのは、神様が送った人だけです。時になればすべて明かされます。御言葉で霊肉丈夫に武装しなければなりません。
時代の御言葉の水準に合う祈りが必要です。生命力のある、真実な、切実な祈りでなければなりません。祈りが聖三位と通じる唯一の通路です。祈ってこそ完全に武装することができます。真理の御言葉が私たちの武器です。武具を身につけなければなりません。

2021年2月7日 失われた羊を捜しなさい

<本文>マタイによる福音書18章10節から14節
「捜しに行きなさい」という説教です。主人が喜んでやっていることなのに、文句を言うなら山羊です。皆さんが失われた羊でした。信仰が幼い人、年齢が幼い人を失くします。捜してくることが御心です。命が失われる原因は、管理が足りないからです。そして本人が自分の主観通りに生きるからです。
どうして来なくなったのか、経緯があるし原因があります。自分の責任だと思うなら立派な指導者です。その人の責任まで背負ってあげればいいです。皆さんが行なったら、主が同行します。命が自ら戻ってくることはできません。祈ってあげなければなりません。
自分が失くしたものを探さなければなりません。祈り、御言葉、感謝、賛美を忘れてはいけません。これを忘れなければ、失われた羊にはなりません。牧者と親しくなければなりません。そして聖三位と親しくなければなりません。

2021年2月14日 主を信じてこそ生きる

<本文>マタイによる福音書8章5節から13節
主人でなければ聖書を解くことはできません。御言葉で、御言葉を成すことによって見せます。どんな噂を信じるかによって運命が左右します。イエス様の当時は極々少数の人たちが信じて従いました。一度でも正しく見るべきでした。はっきり分かってついて行かなければなりません。
主の御言葉を聞くことで信仰が生じるようになります。御言葉が最も強力な武器です。百人隊長のような絶対的な信仰が必要です。信仰が揺れる人は、本当に分かっていない人です。御言葉と行ないを見て判断することを願います。証する時に力が来ます。信じてこそしるしが起こります。

2021年2月21日 立ち上がれ、光を放て

<本文>イザヤ書60章1節から5節
時代の光と共に行なってこそ、光を放つようになります。イエス様はいつも「立ち上がりなさい」とおっしゃいました。「立ち上がれ、光を放て」というのは嬉しい言葉、喜びの言葉です。今立ち上がる時です。暗闇の時代に光、栄光が臨んだから「光を放て」とおっしゃいます。
聖書は神様の御心、約束です。すべての預言は救い主が来て成されます。すべて壊して光を放たなければなりません。どんなものも崩すことができないのが神様の栄光です。神様がおっしゃる時が「時」です。時がそれほどまでに恐ろしいです。私たちが行なえば、約束通りに行なってくださいます。
すべてのことは「時」です。時にうまく合わせる人が成功します。神様がおっしゃる時が行なう時です。御言葉通りに行なって、立ち上がって光を放たなければなりません。

2021年2月28日 怠けずに聖霊と主と共に勤しんで行ないなさい

<本文>ローマ人への手紙12章11節、箴言12章24節、箴言21章5節
聖霊と主はものすごく勤勉です。主の御言葉に合わせて勤しんで行なうべき時です。時に合う仕事をいていないことを見るともどかしいです。神様は目的を成すために人間を創造され、歴史を広げてこられました。勤勉なことも体質にならなければなりません。悟った時にできるようになります。
勤勉な人は見たら分かります。行なわずに言ったら、言葉に力がありません。早く悟れないことも精神、考えが怠けていることです。勤勉な時、治めるようになります。主と共に行なった時にしるしが起こります。勤勉でなければ光を放つことができません。勤勉な人が命の道を行きます。

2021年3月7日 神様が完全であられるように、あなたたちも完全でありなさい。

<本文>マタイによる福音書5章43節から48節
すべて神様にゆだねることが完全なことです。できるのにやらないからできないのです。神様は万物を完全に完璧に創造されました。だから私のように完全になりなさいということです。人間を一番美しく創造されました。だから貴重です。自分を貴重に思わなければなりません。
自分をつくって自分を使うことで成功します。自分一人でやったら肉の世界で終わります。御言葉が肉体となって生きなければなりません。御言葉は実践する人のものです。完全であるということは100%やることです。挑戦する人にならなければなりません。完全でないことで完全なところまで害を受けます。
祈ったら聖霊が各自に悟らせてくださいます。それを行なえばできます。聖霊が感動をくださる時にすぐ行なわなけれなりません。一次元上の世界は別世界です。次元を上げたら待遇が変わります。決心したら、十分にできます。完璧に行なって完全になることを祝福します。

2021年3月14日 神様がくださった聖殿もあなたの体も貴重に使いなさい

聖句:コリントの信徒への手紙一3章16-7節/6章19-20節
聖殿とは、三位一体の体を象徴します。神様がそこに臨まれます。三位一体の家であり、また全能なる三位がこの地上で宿られる宮です。神様の体であり、主の体です。これと同じく、私たちの体は神様の聖殿です。神様と聖霊様が臨まれる場所です。主を奪われたら、その聖殿を奪われます。
主を奪われたら、自分という体は、もう聖殿ではなくなります。神様が遣わした人を絶対に信じ、その伝える御言葉を聞いて、三位と主を愛して生きることによって奪われてはいけません。自分という聖殿を、貴重な聖殿を、主を奪われてはいけません。そうすれば私たちの霊が最も価値のある霊に変化します。
私たちは三位と主の愛を受けた人たちです。このまま留まらずに続けて次元を上げていかなければなりません。貴重につくった分だけ使います。清潔につくったから、汚してはいけません。どれほど貴重な体なのかを切実に悟ることを願います。

2021年3月21日 分別の知恵

聖句:コリントの信徒への手紙一12章8-11節
分別を間違えたら判断を間違います。仕事をする時に道具が必要なように、神様の仕事をするために賜物をくださいます。一度分別したことは死ぬまで守らなければならないし、揺れてはいけません。絶対に揺れ動かない人は信仰の賜物をもらった人です。分別して、判断して信じなければなりません。
癒しの賜物も大きいです。祈るだけでなく、病院に行かなければならないこともあります。分別しなければなりません。霊を見分ける賜物をもらわなければなりません。サタン、悪霊が関与しないところがありません。生きていく中で本当に必要なことが分別です。必ず分別の賜物をもらわなければなりません。
分別できた時とできなかった時の差が大きいです。未来まで見て分別すべきです。人を分別する時、外見を見て分別したら失敗します。分別できなければ無念な目に遭います。すべてのことを詳しく見なければなりません。分別する時、神様に祈らなければなりません。分別の賜物をもらうことを祝福します。

2021年3月28日 主の名前で求めればどんなことでも私が行なおう

聖句:ヨハネによる福音書14章6-14節/使徒行伝16章16-8節
イエス様の体を使って全能者神様が現れました。神様がいらっしゃったのではなく、その霊が降臨しました。地上では神様のような役割をしますが、地上で生まれた人間です。どの時代でも、神様が遣わした人が真理であり道です。人を通して救いの歴史を広げていかれます。
主の名前で祈るということは、主を信じるからです。主の御名で祈れば必ず成されます。主を認めて願い求めるのか、主を認めずに願い求めるか、そこには大きな差があります。ふさわしければ、すぐに成してくださいます。主を正しく知って、主の御名によって求めることがすべて成されることを祝福します。

2021年4月4日 過ぎた日に神様と聖霊様と主が行なわれたことを忘れるな

聖句:申命記6章12-3節/詩篇28篇5節/50篇22節
人は自らを救うことはできません。なざなら、心と考えがあまりにも変わるからです。過ぎた日に神様と聖霊様と主が行なわれたことを忘れて、現実に接するものに心が傾いて、徐々に変わっていきます。だから自分の実力では救いを受けることができないということです。人の心が変わりやすい原因があります。神経で感じ、神経の塊である脳で感じます。考えたら感覚がよみがえります。だから過ぎた日に神様と聖霊様と主が行なわれたことを考えなさいということです。忘れたら不平不満を言うようになります。忘れないで生きる人は岩のような人です。信仰の家を岩のような主の上に立てなければなりません。変わらないからです。変わることがないように自分をつくらなければなりません。今はチャンスであり、いい時です。変わらないのは聖三位と主だけです。聖三位と主がして下さったことを忘れないで生きてこそ、喜びで生きるようになります。
 

2021年4月11日 黄金天国の生

聖句:詩篇94篇17節
神様と聖霊様と主が助けなかったら、信仰と肉の富者になれませんでした。過ぎた日を見て今を見てください。どれだけ注いでくださったか、知らなければなりません。神様が共にしなかったら、貧しい信仰になったでしょう。感謝して喜んで生きなければなりません。
過去より天国の生を生きているということです。みんな長所短所がありますが、短所をまず解決しなければ、長所を飲み込んでしまいます。短所は恐ろしいほどつきまといます。解決した人は天国の生を生きます。二つを考えたら天才になります。ひとつだけを考えたら問題が起こります。
理解がよくできる人は知恵をもらっている人です。絶対に疎外感を感じないでください。必ず自分の時があります。神様、聖霊様が臨むとプログラムが変わります。そのプログラム通りに行なった時、天国の生になります。
 

2021年4月18日 幼いからといって叱り、止め、たしなめるな

聖句:ルカによる福音書18章15-7節/15章11-24節
幼子たちが大人たちを避ける理由は、共感できないから、怒られるかと思うから、心が傷ついているからなどがあります。だから良い指導者が必要です。信仰の幼子たちも同じです。真実なものを好みます。順理的に導くことが時間を無駄にしないことです。武力的にすることは神様の方法ではありません。
幼子のような純粋な心は守らなければなりません。聖三位は命に道に導いて下さるから、信じて従ってもいいです。大人たちも、純粋な心を持ってこそ、黄金天国を奪われません。自分の人格が自分の未来を左右します。うまくできる人を通しても、うまくできない人を通しても学ぶことができます。
幼子のような心を持たなければなりません。花を折ったら死んでしまうように、幼子たちの心を折ったら信仰が死んでしまいます。自尊心に対して自尊心で接してはいけません。命を扱うことに関して、霊肉新しくしなければなりません。
 

2021年4月25日 神様の御心でないものは崩し、建てることをなさらない

聖句:詩篇28篇5節
神様が願われる通りにしなければ崩し、建てることをなさいません。神様の構想通りにやってこそ、それ自体が美しく、素晴らしい作品になります。人生もそうです。神様は目的を成すために、救いの歴史を始められ、御心でないものは崩しました。天の構想通りにしなければ御心は成されません。
地上で肉体が生きている間に、自分の霊魂を成長させつくることができるので、肉体が何を見て何をするかがとても重要です。御言葉で霊魂を成長させ、永遠に天の国で暮らせるように、肉体が生まれるようにしてくださったのです。御心を分かって生きる時に、自分の目的も成すことができます。
聖書は一言で言うなら「御心」です。神様の構想、計画は何があっても絶対に崩れることがありません。永遠に残るものは神様の御心です。御心を成す人生を生きてこそ、最高に美しく神秘的で雄大で、最高に甲斐のある人生を生きるようになります。
 

2021年5月2日 あなたたちが主に学んだから、先生となって主を証し、教えなさい

聖句:ヘブライ人への手紙5章12-4節/マタイによる福音書28章16-20節
学ぶ時、学んだことを知らない人に教える時、嬉しくなります。イエス様はすべてを知った上で先生になられました。先生に学んだ通りに教えたら、第2の先生になります。神様、聖霊様、主を証しなければなりません。時代の御言葉は、行くべき道を示す標識です。だから学ばなければなりません。
教える時、知恵深く、賢く教えなければなりません。教理だけ教えるのではなく、主を証をしなければなりません。繊細に詳しく話さなければなりません。多様に学ばなければなりません。真理をはっきり知らなければなりません。先生となって証し、教えなければなりません。
 

2021年5月9日 最後までやってこそ目的を成し遂げる

聖句:マタイによる福音書24章13-4節最後まで耐え忍んで打ち勝ったから、今も歴史は進行しているのです。最後までやらなければなりません。無条件やるのではなく、環境や雰囲気を見ながらやらなければなりません。そして知恵をもって、相手の心に合わせて御言葉を伝えなければなりません。
このようにするためには老練さが必要です。老練だということは知っているということです。相手の心を分かってこそ、老練に導くことができます。年齢、信仰が幼い子たちをよく育てなければなりません。最後まで三位と共に行なって、目的を成すことを祝福します。
 

2021年5月16日 仕事の生と楽しみ

私たちが働く時、三位はただ見守られるだけでなく、共に働かれます。大変だったと思いますが、行なったことがすべて残っています。働く時は大変ですが、その土台の上で生きることができます。労苦は残っています。
働く上で大事なことは、要領よく、老練にやって、疲れ果てないようにすることです。そうする時、楽しみを享受するようになります。信仰を持って働くことで、霊肉栄えるようになります。三位と共に行なわなければなりません。働くべき時に働かなければなりません。
 

2021年5月23日 患難を経なければならない

聖句:ヨハネの黙示録7章13-7節
必ず患難を経なければなりません。イスラエルの人たちがカナンの地に行くためにはヨルダン川や紅海を渡らなければならなかったように、命の道に行くためには患難を経なければなりません。気を引き締めるために患難が起こることもあります。天の国の権勢は服です。患難に打ち勝った人は白い衣を着ます。
患難に負けたら何にもなりません。何でもないことなのに負けてはいけません。真理を学んだ人はしっかり立っていなければなりません。絶対的な信仰を持たなければなりません。神様に関して解決できなければ困苦が来ます。みんな患難に打ち勝ってきた人たちです。今患難を受けている人たちを応援します。
人間はケチを付けようとしたらきりがありません。聖三位はケチをつける所がありません。みんなが聖三位を絶対的に信じて愛し、その御言葉通りに生きたら理想世界になります。その愛が冷めないで生きていくことが大事なことです。患難を経なさいというのは、喜ぶべき御言葉です。
患難を怖いと思ってはいけません。怖がらず打ち勝たなければなりません。あまり神経を使うことはありません。患難を気にしたら大きく見えます。主を信じて、御言葉を行ないつつ、神様だけを愛して、患難から出てこなければなりません。笑顔で打ち勝ってください。
 

2021年5月30日 心配せずに祈りなさい

聖句:ヨシュア記10章10-4節
神様を信じて行なっていたことが祈りです。祈りとは神様、聖霊様に願い求め、話すことです。神様の使命者たちは祈りの生を生きます。行なってくださるように話さなければなりません。祈りは対話です。対話がなくなったら誤解が生じます。祈ることによって理想的に解決されます。
祈って解決できるように思えない時でも、何事も切実に願い求めれば解決します。心配しないで祈らなければなりません。ヨシュアのように祈って行なうべき時です。最善を尽くしてもできなかったことを、祈って解決してきました。祈ってこそ、聖三位が行なってくださいます。心配せずに祈ってください。

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