旧約聖書 伝道の書3章1-13節
天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
働く者はその労することにより、なんの益を得るか。わたしは神が人の子らに与えて、ほねおらせられる仕事を見た。
神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。
わたしは知っている。人にはその生きながらえている間、楽しく愉快に過ごすよりほかに良い事はない。
またすべての人が食い飲みし、そのすべての労苦によって楽しみを得ることは神の賜物である。
三千の箴言が箴言の書に書かれています。箴言というのは、言いかえると、神様が私達にアドバイスして下さったものです。
ソロモンが知恵をもらって悟ったことの根本を証した内容もたくさん書かれています。ソロモンは、虚しさをたくさん悟って、やりがいのある事は何であるかも悟って、人間として生まれてやるべき事が何であるかも悟って、やってはいけない事も悟り、世の中のいろんな事を実験してみて、これはこうだ、あれはああだと悟って、あれこれと三千種類の事を悟りました。
ソロモンは三千種類の事を悟りました。今日の本文でソロモンが何を悟ったかというと、世の中を見ていると、神様が全ての事に期間を定め、目的と時を必ず定めたという事をソロモンが悟るようになりました。
いつも人々が感じている所ですが、人間が胎内から出てくる時があるし、出てきては死ぬ時があるし、穀物を植える時があるからまた刈り取れる時もあるという事です。
家を建てる時があるし、家を壊す時があります。泣く時があるし、泣いていた人が笑う時があります。悲しむ時があるし、その人がまた踊る時があります。石を投げる時があるし、その石を拾って来る時があります。探す時があるし、探したものをなくす時があります。破いてしまう時があるし、それを縫う時があるし、愛する時があるし、憎む時があるし、平和な時があるし、働く時があるし、遊ぶ時があります。
「この様にすることで、人に何の益があるのか。ああ、神様が人間に苦労を与えて、それを経験させている。間違いなく神様が人間に苦労を与えた。その行いによって、美しくもして下さり、祝福を与えて下さっている。永遠な世界を思う心を与えて下さった。だからといって人間が天の国を分かるようにしたのではない。」
「神様の一部始終を人間は悟れないようにした。人間が生きている間、喜んで善を行うことが人間として最もいい事だ、という事を私が悟った。生きながらえて神様に仕える事が、神様からのプレゼントであることを私が悟った。」
「神様が行なった事は、永遠に残るだろう。人間がそれに付け加えることもできないし、省くことも出来ない。ただ人間は神様を敬う他ないようにしたものだ。私が歴史をみてみたら、今あることも昔にあったものだ。昔にあったものが今も存在している。今ある事も将来またあるだろう。神様は昔のものを今再び存在させていらっしゃる。」
「私が裁判しているのをみたら、そこには悪があるし、公義によってやっていると言っても悪がある。神様が義人と悪人を再び裁かれる。これは神様の目的があるから、そうするしかない。私が人生を見極めてみたら、神様が人間をたくさん試みていらっしゃる。」
「人間が獣より特別に勝っているところがないという事を悟らせるためにそうしていらっしゃる。人間に臨む事が動物にも臨むという事を悟らせるためだ。もし人間が獣より勝らないんだったら、どんなに虚しい事だろう。獣も生きては死ぬし、人間も生きては死んでいく。もし人間がその霊魂を救えないんだったら、獣より勝るところが何であろうか。ああ、私はこれを悟った。」
「獣の魂は地上に戻って終わってしまい、人間の魂は天の国に行くのではないか。だから、私が天に仕えるべき事を悟るようになった。私が考えるには、人間がこの世を生きる間善を行い、心霊の喜びを感じて生きることが、最も嬉しいことである事を悟った。これが人間に下さった祝福だ。私は悟った。実際、人間がどうやって天の国に行って来ることができるだろうか。悟って分かって行かなければならない世界だ。」
これらの事をソロモンが悟りました。この様ないろいろ悟った事を伝道の書に全て書いたのです。ソロモンは、王の座にいながら、深く人生を悟った哲学的な人であり、宗教的な人でした。普通は王になったら、富、栄華を極めることでとどまりがちですが、ソロモンは人生について深く悟りました。悟っただけではなく、悟ってから、正しい道に向けて生きていきました。
(続く)
1999年6月30日 水曜礼拝より抜粋 説教者:チョンミョンソク牧師

