韓国サッカー大会での学び

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筑波大学2年 雄大です!

5月に行われた韓国サッカー大会に出場してきました。

自分としては初めての参加だったのですが、サッカーの価値をもっと悟りたいと思っていた自分としてはいかなければ絶対に後悔するだろうと思い、参加を決意しました。
3日間という最短コースでの参加となりましたが、参加できたことを本当に感謝しています。

そんな韓国サッカー大会を通して得た学びや悟りを少し話したいと思います。

おもに二つあって、一つは、神様の精神でやる摂理サッカーの価値を一層悟ることができたことです。

 

大会では予選リーグで三試合行ったのですが、自分のチームはその三試合とも先制点を入れられそこから少なくとも1点は奪い返しており、
特に3試合目は0-3の状態から3-3に追いつくというミラクルが起こりました。

自分が今までやってきたようなサッカーでは、先制点や点差を広げられるとあきらめてしまったり、他人のせいにしてチームの雰囲気が悪化してしまうようなことが、よく起こります。

しかしこの大会では負けていてもチームの雰囲気が悪くなることはなかったし、あきらめたり不平不満を言う人は誰もおらず、
全員が神様を呼びながら自分のポジション(位置)でするべきことを全力で行っていました。

結果や相手がどうであれ<天国は自分たちの中から作る>という先生(鄭明析牧師)の精神を胸に、本当に喜びと幸せな気持ちでサッカーをすることができたので、
天国のような雰囲気をなしながら少しでもともにされる主を感じることができました。

自分のため、勝利のために行うのではなく、信仰を一番としていつでも神様を中心にする摂理サッカーの価値を改めて悟ったとともに、
この文化は自信をもって発信していい(むしろすべき)ものだと強く思いました。

二つ目は、自分のような若者がもっと前に出て行って自ら積極的に行動しなければならないという危機感を感じるようになったことです。
今までの自分を振り返ると本当に他人に頼ってばかりで自分で考え決断し行動することから逃げていたように思えます。
摂理の中でも与えられた使命や役割に従って受動的に動いていただけでした。
確かに現状に安住することは精神的にも肉体的にも楽だし苦痛やストレスを感じることも少ないかもしれません。

 

しかし言われなくても自ら行う人にならなければ!
そのような一人一人になることを今、神様が願われているということを主日の御言葉や大会を通して悟りました。

 

3試合目の前に、あるチームメイトの大学生の方が三試合目の前に自分を含めたほかの大学生を集めて、これから若者が何をするべきか話し合えるよう中心になってまとめてくださいました。
また決勝戦の韓国チーム同士の試合を見ているときも自ら率先して応援に進み出ていました。

 

もちろん誰から指示されたわけでもなく。そのような姿を見て非常に感動を受けたとともに、ただ眺めている傍観者の立場では絶対にいけない、
自分が主人意識をもって関わっていかなければならないのだと強く思うようになりました。

 

実際世の中、とりわけ日本では頑張っている人や中心になろうとする人が煙たがられたり冷めた目で見られたりすることがよくありますが、
摂理はそのような人が生きづらい場所であっては絶対にいけないと思います。

 

傍観しただついていくだけの客になるのではなく、誰に言われるでもなく神様の中で自ら実践する主人に一人一人がなることを本当に願っています。

そうしてこそ、一層輝きを放っていくのではないかと思います。

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