キリスト教福音宣教会で2025年に伝えられた、主日礼拝(日曜礼拝)の主題と御言葉の要約です。
参考:キリスト教福音宣教会 公式御言葉twitter
2025年1月5日 「彼は勝ちまた勝つだろう 彼と共にする人も勝つだろう」
ヨハネの黙示録6章2節
核は神様のものです。神様は御心があれば核は握って渡しません。神様の御心の使命者が核の主人になるようにさせて行なわれます。神様は人を通して行なわれます。しかしよく人々は自分がやったと言います。神様、全知全能なる神様は人を着て行なわれます。
不可能でも全能者神様と共にやればできます。最後までやりなさい。神様が共にして負けたことがあったでしょうか。神様の御心どおりに行なったとき負けたことがありません。神様、聖霊、御子がいつも共になさるから強く大胆になりましょう。
2025年1月12日 「完全でありなさい」
マタイによる福音書5章48節 サムエル記下22章26節
完全にやらなければ、サタン、人、神様に、完全でないそれが目につくようになり、完全でないゆえに崩れたり、病気が起こったりします。完全にやるためには確認し、三位と主と心情一体になって共にやることです。完全にしようと考え、決心して行ない、もう少しやれば完全になります。
説教の時、神様が聖書を教えてくださるから学ぶことです。その御言葉を必ず行なうことです。自分の生活の中で行ないつつ完全に学びましょう。行ないながら「完全にすること」とは何かを学ぶのです。学んでこそ完全です。完全にやれば傑作になるし、やることが崩れません。
2025年1月19日 「神様が見る運命」
マタイによる福音書7章13~14節
マタイによる福音書16章27節
神様が人の運命を決定しておいたのではありません。運命は「道自体」が決まっていて、自分が行く通りにその道に属した運命に決定されます。
誰でも自分の行ない、生どおりの道に行きます。自分の責任を果たしたら運命が変わります。神様が予定していても、自分が行なわなければそのようになりません。自分が行ない、その上に神様が働きかけることによって運命が左右されます。
2025年1月26日「1.命の源が心と考えにある 2.公義」
箴言4章23節 申命記32章4節
人は自分の心と思考に従って傾いた判断をするから、まず自分の心を完全に磨いてつくって公義な平地にならせてから、見て聞いて分別するのです。
神様は時代に従って時代の中心人物を遣わし、その人を中心にして御言葉を与え、御心を成して行かれるので、その人に接することを神様に接することと見なして善か悪かで報います。
(箴言3:5~6)『心を尽くして主に信頼し自分の分別には頼るな。どのような道を歩むときにも主を知れ。主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。』
私たちの道を神様に委ねなければなりません。切実に祈り、神様を信じ、より頼めば、神様が判断して導いてくださいます。
2025年2月2日「よい考えが宝だ」
箴言4章23節 マタイによる福音書6章21節 ヘブライ人への手紙10章22節
とてもよい考えは宝と同じです。
神様がご自身の形象に創造した自分自身が最も大きく最高に永遠な宝です。自分が持っている基本の上に、個性通りに開発し、飾り、装えば、自分の特性、才能、使命が貴重に正しく見えるようになります。
救い人はあまりにも大きい方なので、自分の思考、考え、認識を中心にして小さく見たら見えません。御言葉を聞いて自分の救い人だと分かって悟った人は、再び新しくその精神と思想、心で生き返ります。
神様が、私たちが栄えるように祝福しておかれたので、最後まで行きさえすればいいです。
2025年2月9日「私の言葉は命だから守りなさい」
ヨハネによる福音書6章63節
いつの時代も宗教や国の権勢者は三位がふさわしい人を立てられ共に行われます。三位は共に行なった人と通じるから、その人の話を信じて共にすれば、絶対に共にし、助けてくださいます。古いものはすべて過ぎ去り、繰り返される生だけが続きます。新しい時代、この時代の神様の御言葉を学び、この時代に合う祈りをし、この時代の仕事をすべきです。
神様はいつも使命者と大きく行なってこられました。祈りもたくさんし、御言葉もたくさん聞き、大きく行なってこそ、神様がもっと助け、しるしが起こり、大きく得ます。
神様が一緒に行なってくださり、助けてくださっても、時に合わせてなさるので早くできないこともあるし、仕事が大きいのですぐには終わらないこともあります。だから、ゆっくり行なって確認しつつ、時に合わせてやらなければなりません。神様の御心を最後まで信じて行なってこそ、その希望がすべて成されます。
2025年2月16日「神秘的な精神、考えの世界と魂の世界」
テサロニケの信徒への手紙一5章23節 コリントの信徒への手紙一2章13節
神様は人間を神秘的に創造しておかれました。神様がくださった才能とその存在体である肉、魂、霊を使うべきです。神様の形象と形に創造されたから、研究し使えば使うほど神秘的です。
肉界に属したもので最高の能力を持っているのが考え、心です。自分の考え、心を神様の御言葉で完全に開発すれば、霊は天国に、魂は魂の世界に行き来して、さまざまなものを見てきます。
霊の世界を分かってこそ、神様、聖霊様、イエス様とよく通じます。合わせて世の中のことも学んだらもっと分かって行なって、もっとたくさん得ます。
全能者を呼び求めてこそ、考えが揺れ動きません。
2025年2月23日「伝道して私の願いを叶えた」
マタイによる福音書4章18~20節
伝道しようと心と思いと命を尽くせば、神様が分かって伝道すべき人を送ってくださるし、伝道したら、平素切実に願っていたことが叶えられます。
例えば、イエス様はペテロを伝道し、かしら弟子にして、彼を通して大きく歴史をお広げになったし、伝道した使徒ヨハネが霊界や霊に関する秘密を聖書のヨハネの黙示録にすべて書いておきました。
また、サマリヤの女の人を伝道し、異邦人の伝道の門を開き、伝道の御働きを大きく広げていかれたし、亡くなられた後もパウロを伝道し、彼を通してものすごい福音を伝えて願いを叶え、御心をお広げになりました。
イエス様は伝道の理念を持っていたから、患難の中でも、十字架の上でも、亡くなった後も霊で続けて伝道なさり、イエス様が伝道した人たちが新約歴史の礎石になって、歴史の基礎をつくっておきました。
聖書を読むと、使徒も預言者も中心者もメシヤも、伝道したことが業績でした。神様は「多くの人を正しいところに戻らせる人は、日や月や星のように輝くように祝福する」とおっしゃいました。(ダニエル12:3)
2025年3月2日「やることを先に学んでやりなさい」
ヨシュア記1章9節 ローマ人への手紙12章11節
万事すべてが、初めてやったらうまくできず、本当に不可能だと感じるでしょう。自分が研究し正しく学んで行なったら、うまくできるようになります。
たくさんやってこそ、習慣になって、いつもたくさん行なうようになります。行なえば行なうほど、分かり、大きくできるようになって成功します。
繰り返すこと、研究、努力、才能の上に教育、学ぶこと、闘志です。
信仰もそうです。信仰は努力、時間を投資すること、聖書の御言葉を正しく行なうことです。結局はよくなるから、信じて果敢に行なうことです。
あることは、神様、聖霊がたった一回だけ機会をくださることもあります。神様がくださる機会は、行ないさえすれば永遠まで続きます。私たちが熱心にやれば、神様も聖霊も助けてくださいます。
2025年3月9日「考えてこそそれについて目が開かれる」
箴言4章23節 エペソ人への手紙1章18節
考えてこそ認識と考えの目が開かれて、すでにあるものもその時にはじめて正しく価値を見つけ、得ます。考えるとしても正しく考えてこそ、考えと心の目を開いて得るようになります。
貴重な宝もどれほど貴重なのか考えの目を開いて見てはじめて、その時に「貴重な根本」を知るようになります。根本を見て正しく分かる人が本当に分かる人です。
神様がくださったなら、詳しく見て研究し、見つけなければなりません。
2025年3月16日「神様の創造目的、愛の引き上げ」
<テサロニケの信徒への手紙一4章16~17節>
すなわち、合図の号令と、大天使の声と、神のラッパが鳴り響くと、主ご自身が天から降って来られます。すると、キリストにあって死んだ人たちがまず復活し、続いて生き残っている私たちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に出会います。こうして、私たちはいつまでも主と共にいることになります。(聖書協会共同訳)
この聖句はイエス様が十字架で亡くなられ、霊で復活して霊が昇天なさった後で神様が使徒パウロに将来の引き上げについて啓示なさった御言葉です。またこの引き上げの御言葉は2000年間キリスト教で最高に希望としている御言葉です。
主を待っている人たちはこの御言葉を根拠に、イエス様の肉が再臨なさったら、イエス様を信じて待っていた人たちが空中で主を迎えると信じて待っています。しかしイエス様は肉で来ることはなさらないし、地上で主を待っている肉も空中に行くことは絶対にできません。
イエス様は霊で復活なさったから再び来られるときも霊で来られます。その時まず神霊な人が、霊で来られたイエス様を新婦になって迎えます。そしてイエス様の再臨を待っている人たちがその使命者を通して新しい時代の御言葉を聞き、再び来られたイエス様と三位を迎え、地上で三位の絶対愛の対象になって義を行なって、新婦として生きていくのです。
引き上げの秘密は『愛』だから、絶対に心と思いと命を尽くして三位を愛し、愛の対象として自分を成長させた霊が新婦になって引き上げられます。すなわち、引き上げとは、肉が空中に昇り肉が天の国に行くことではなく、霊が天の国に行き、肉は地上で新しい時代を迎え、三位を愛して理想世界の生を生きることです。
2025年3月23日「学びなさい。知らなければ苦痛と死だ」
マタイ11章29節
今日学ぶべきことを6つ話します。
① 自分のすべきことを学びなさい。
どんな環境でも、どこででも神様を中心にして生きれば、自分がすべきことがあります。学んでこそ易しくでき、有能になり、神様と考えを合わせて行なって、大きく得ます。
② 「時間の使い方」を学びなさい。
時間を貴重に使うことを学んでこそ、時間をうまく使って成功します。時間を大きいこと、永遠なことのために使い、神様、聖霊の構想をもらって、必ずすべきことだけをしながら生きなければなりません。
③ 自分のことを学びなさい。
自分の体、心、考え、霊魂について学んでこそ、よく使うことができます。人は霊肉共に開発したら、人間でありながら神のように生きていきます。みんなそのように生きてこそ、肉体が生きているときにたくさん行なって、霊は黄金天国に行き、肉も霊と共にその級で生きます。
④ 「相手の人」を学びなさい。
共にする人たちはみんな自分にとって相手になるから、相手について学ばなければなりません。分かって接しなければなりません。人間の性格の中で特に血気、憤り、根に持つことに気をつけてください。変質したら敵になって行ないます。自分を絶対に完全につくってください。
⑤ 神様が創造なさった万物について学びなさい。
神様が創造なさった万物は本当に貴重です。万物について学んだら貴重なものを得ます。
⑥ 「貴重な人」について分かって学びなさい。
人は分からなければ失敗します。新約時代のとき、自分を救って天国に行かせてくれるメシヤ・イエス様を分からず不信したから、肉も霊も死亡圏に行きました。この時代も神様が遣わした人を正しく分かって接した人が同行して、神様の祝福を受けます。
2025年3月30日「神様の考えと私たちの考えとは異なる」
イザヤ書55章8~9節
神様と私たちとは御心も環境も異なります。だから私たちの考えと神様の考えとを分別して信仰生活をしなければなりません。
全知全能なる神様は人間のことまでいちいち関与なさることはしません。その人が信仰に無知なら、身を持って経験し自ら悟る時までそのままにしておきます。
だから、神様が全知全能でも、私たちの主管圏の生は私たちが確認、分別、判断して自分のすべきことは自分がやって生きなければなりません。
2025年4月6日「1.生活をちゃんとしなさい 2.自分と環境と信仰をつくっておいてやれば易しい」
ローマ人への手紙12章2節 ヨハネによる福音書3章3節
イエス様は、新しい時代の救い人の御言葉を聞いて、肉的な信仰から霊的な信仰に生まれ変わりなさいとおっしゃいました。パウロも、新しい時代の御言葉を聞いて、肉も心も霊も新しくして変化するようにと話しました。
生活するとき神経を使って時代の御言葉を行ないつつ生活をちゃんとしてこそ、問題に見舞われてもよく解決していきます。
生活と信仰は別々ではなく、神様の御心を目的にして生活し、その中で自分の目的のために生きて行ってこそ、霊が完全に形成されて永遠に輝き、肉も神様の愛の対象になって生きて行きます。
また、道も目的に従って完全につくっておいて行き来したら楽であるように、愛、祈り、説教、感謝の生、証しの生、管理の生も学び、プロになって信仰生活をしたら楽です。
神様は行なうべきことをすべてしておいて生きられるから楽です。私たちもすべきことをして生きる分、楽です。これからももっと熱心に行なう分、楽です。
2025年4月13日「1.自分をつくること、管理だ 2.大きくなれば肉も霊も美しく素敵だ 3.管理が祝福だ」
テモテへの第二の手紙2章21~22節
自分を磨き、つくったとおりに神様、聖霊がお使いになります。
自分の健康、さまざまな習慣、祈り、御言葉、使命の仕事、確認、さまざまなすべきことのために忠誠を尽くし、緊張して管理することです。管理をしなくて運命が変わり、自分が自分に苦痛を与えるのです。
貴重に使うことも管理です。神様がくださったものを貴重に使って、もっと光を放つべきです。ただし、無理に使わず、線を超えないようにすることが管理法です。
イエス様は個人と群衆を続けて管理なさいました。いつも続けて説教し、御言葉で管理する生活をなさいました。みんなイエス様のようにすべきです。
真の管理は「さらに輝くように、よくつくること」です。「もっと新しくつくる管理」です。
2025年4月20日「働いてこそ希望を成す」
テサロニケ人への第二の手紙3:10
人生は「仕事」と「希望」です。働いてこそ希望です。神様も天地万物と地球の地上天国世界と人間を創造する「仕事」をなさいました。
仕事は二つです。神様の御心の中で「肉的な仕事」と「霊的な仕事」です。どんどんやって、主の御心どおりにやってこそ、みんな有能にできます。
肉体は一生、霊は永遠に神様の前で最高に忠誠を尽くしてこそ、霊が霊の世界においても、もっとよい場所に行き、地上でも次の段階の仕事を悟るようにしてくださり、もっと大きな仕事をくださいます。
働いてこそ、楽で毎日しるしが起こり、神様、聖霊も働きかけ、肉も霊も輝くように使い、天国に霊の家も建築されて住むようになります。
時代の状況もよく見て、知恵深く神様の御心どおりに働くべきです。
2025年4月27日「神霊は神霊で通じる」
ヨハネによる福音書4:23 コリントⅠ:2:13
水は水で通じ、動物は自分の種同士が通じ、人間も心が合う人同士が通じるように、神霊は神霊で通じます。神様、聖霊様は神霊なので、私たちの神霊な心で通じます。神霊な心で働いたら、ずっと理想的に行なうようになります。
みんな自分の心、魂、霊が存在するから、学んで、肉を使うように心、魂、霊を使えば使うほど神霊になります。そのようにして神霊な三位体と交通してはじめて霊が永遠な世界に行きます。
神霊で神様と通じつつ行なうにしても、繰り返してたくさん行なえば行なうほど、もっと大きく完全に行なうようになります。
神様、聖霊、主が助けてくださるときは、瞬間閃くようにして神秘的に助けてくださるから、脳と考えがいつも目を覚ましていなければなりません。ただし、神様と聖霊がくださる神霊な考えと、自分の考えとを裂いて区分しなければなりません。続けて研究し確認し裂いたら答えが分かるようになります。
2025年5月4日「ただ私神様の御心どおりに生きなさい」
マタイ26:39
イエス様は神様に、ご自身の願いどおりではなく、神様の御心どおりになることを願うとおっしゃいました。
人々は神様を信じて愛したら自分の願いと意向が成されるとばかり思っています。神様を愛して信じるなら、イエス様のように神様の御心が成されることを願い求めるべきです。そうしてこそ、神様の御心を成すとき、各自の意向も成してくださるし、神様の御心が成されてはじめて地上天国になります。
では、神様の御心を私たちがどのようにして知ることができるでしょうか。
一つ、神様は神様の遣わした人を通して御心を分かるようにしてくださいます。二つ、自分が神様の御心どおりにするようにしてくださいと願い求めれば、分かって悟るようにしてくださいます。三つ、神様の行なわれることを詳しく見れば分かります。
また、どのようにしたら神様の御心どおりにもっと恵みに満ちあふれて生きることができるでしょうか。
一つ、祈るとき祈らなければなりません。二つ、御言葉と神様を証ししたら恵みと真理と聖霊が満ちあふれるようになります。三つ、神様と聖霊と主の恵みを悟って感謝するとき恵みが満ちあふれます。四つ、各自にしてくださったことを忘れずに考え、その御心を悟ってこそ、信仰に火がついて恵みが満ち溢れて、神様がしてくださったものを貴重に使うようになります。五つ、神様の御心を成すためには、自分を最高の作品につくることです。どんなことでも数え切れないほど練習をして命を尽くして行なってはじめて、理想を成します。
2025年5月11日「私があなたと共にするから信仰を固く守りなさい」
ヨシュア記1:9 イザヤ書43:2
神様は選んだ人、愛する人が患難迫害に見舞われ、渡ることの難しい川を渡るときや火の中を行くとき、絶対に守ってあげ、支えてあげるとおっしゃいました。だから神様、聖霊、主が今すぐに目の前に見えないようでも、絶対に信じて、堅固に変わることのない黄金のような信仰を持って生きるべきです。
神様と主はいつも自分と共にしていらっしゃるのに、自分が患難や困難に見舞われているとき自分の目に見えるように助けてくれず解決してくれないと言って諦め、自分の行く道へ行きます。
神様はすべてをご存じで、各自に困難があるとき、ただ神様に祈って願い求めるのか、心が変わるのか、もっと悟って行なうのかを見ていらっしゃいます。だから困難があっても落胆もせず、疑うこともせず、もっと忠誠を尽くして、熱心にやっていたことに集中して、自ら困難を克服しなければなりません。
「神様が私を守ってくださるだろうか」という心配はしないで、無限に行なうことを願います。困難であればあるほど、神様と主、聖霊をもっと呼んで、呼び求めて行なうべきです。神様が絶対にみなさんと共になさるから、信仰を堅固にし、各自に対しての御心である時代の仕事を、忠誠を尽くして行なうことを願います。
2025年5月18日「誰であれ行なったとおりに報いよう」
ヨハネの黙示録22:12
神様は人々が神様を信じても信じなくてもすべて主管なさって、行ないどおりに与え、報いてくださいます。これが最高の公義の法です。
だから、神様を信じずに行なっても偶像に仕えても、死ぬほど行なえば肉的に成功し栄えたりもします。神様を信じないからといって、働いたのにその労苦の対価をもらわないということはありません。
神様を信じない人たちは、自分を助ける人がいないと言って、もっと歯を食いしばって行ないます。だからたくさん行なってたくさん得ます。しかしむしろ神様を信じて生きている人たちは、神様がしてくれると思って行なわない習慣と癖があります。
神様を信じなくても、熱心に行なえば、肉に属したことは労苦した分、得ます。しかし神様の法に外れるから裁かれます。
神様を信じて生きても、行なわなければ得られません。しかし神様を信じたから、肉体は貧しくても、霊は天国に行きます。神様を信じて行なえば、得るだけではなく、霊も救われ、肉も救われて生きます。
熱心に行なって、肉のものも、霊のものも得ることを願います。神様を信じて「神様がしてくださるだろう」と言ってはいけません。自分もすべきことをしてこそ、神様もしてくださり、もっと祝福してくださいます。
あることはまったく不可能なことがあるから、よく確認して行なうべきです。また、可能なことなのに不可能だと言ってあきらめてもいけません。
御心があるなら、問題があってもやらなければなりません。そうすれば問題が解決されます。問題があるからだめだと言わず、御心を見なければなりません。
2025年5月25日「悔い改めと装い」
マタイによる福音書4:17
バプテスマのヨハネが一番先に核として伝えた御言葉は「悔い改めなさい。主が来る。その方が来る」でしたが、ヨハネが捕まって獄に入れられたあと、イエス様が最初に伝えた福音も「悔い改めなさい。そうすれば天国を迎える」でした。天国は他ならぬイエス様でした。
イエス様はいつも「清くしなさい。装いなさい。そうしてこそ神様を迎える」とおっしゃいました。家にお客が来るだけでも、きれいに掃除し、服を着替え、もてなすものを用意します。ましてや神様の前ではどうすべきでしょうか。
悔い改め、装ってこそ、全能なる存在者を新郎として迎えます。新約時代のとき、あかりの油を準備しなかった人はイエス様を奪われました。(マタイ25:1~13)油は新郎を迎える上での核である「愛」です。愛が準備できていなくて問題があれば、新郎を奪われ、迎えられないということです。イエス様は「心と思いと命を尽くして主あなたの神様を愛しなさい。兄弟もそのように愛しなさい」とおっしゃいました。
誰でもこの時代に必ずすべきことが、悔い改めと装うことで用意することです。清く装ってこそ、愛の対象として完全に神様と聖霊を迎えるようになります。
罪は排泄物や腐った食べ物と同じです。罪とサタンです。悔い改めてこそサタンも離れていきます。神様、聖霊様は本当に清潔で、日のように輝きます。だから神様、聖霊様と一体になってはじめて、罪がすべて焼き尽くされます。
2025年6月1日「アルパの日‐福音の始まり」
イザヤ40:8 マタイ28:19~20
福音とは命の救いの歴史、歓喜の歴史であり嬉しい知らせです。
アルパの日は「福音の始まり」を意味します。神様と聖霊様と御子とイエス様が地上の使命者を通して新しい歴史、新しい御言葉を宣布して福音の歴史を始められた日のことです。
アルパの日は解放の日でもあります。新しい時代の御言葉で旧時代から新時代へ釈放され、霊も肉も新しい千年歴史に出て来て、自由の歴史が始まったからです。時代の福音を聞いて心配と憂いから解放され、子どもから新婦へと復活して歴史を迎えるからどんなに幸せでしょうか。
福音の始まりを通して、「御言葉が命だ」ということ、「御言葉が神様だ。聖霊だ。御子だ」ということを知らなければなりません。
この時代の福音の核は「神様が天地万物と人間を創造なさった目的」で、「私たちの肉も霊も神様の愛する対象になること」です。今はこのことを成し、肉は地上で千年の婚宴の歴史を広げ、霊は引き上げられて黄金の城の天国で婚宴をして三位と永遠に愛し合って生きていく時です。
2025年6月8日「霊と魂を私に学びなさい」
コリント第一の手紙2:13 コリント第一の手紙12:1 マタイ11:29
霊の世界が実際に存在しているのに、肉の世界では霊の世界を見ることがあまりにも難しいです。
肉は肉界で、霊は霊界で、魂は魂の世界で生きていきます。肉界の次の次元が魂の次元で、その上に霊の次元があります。霊の世界は霊が行って霊の目で見、魂が行って魂の目で見なければなりません。
肉のものはころころ変わります。万物も、あったものが消え去ります。天の霊の世界には消えるものがなく、腐らない永遠な存在物として存在します。
その国に行くためには、肉体がこの世で生きる間、肉が神様の御心どおりに義を行なって愛で生きなければなりません。罪を犯したなら悔い改めてきれいにし、神様の御心を目的とした生を生きなければなりません。
イエス様は初めて来る時は肉で来なければならないから、マリヤが生んで、人間として生まれて来られました。再臨の時は霊で来られます。ただ、霊では、肉で説教し御言葉を伝えることができないから、使命者の肉体と一体になって行なわれます。
肉は霊に関して知らないから、神様が肉の世界に遣わした人を通して霊の世界を学ばなければなりません。
2025年6月15日「行なった人だけが分かる」
ヤコブ2:26 イザヤ60:1 箴言13:12
『霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行ないのない信仰も死んだものなのである』と言いました。行なった人は生きている人なので分かります。
行なってこそ答えを得ます。神様は行なった人に使命をお与えになります。神様は行なった人だけが分かって、もらって、先を行く時代に行って生きる祝福をくださいました。
分からなくて行なっていない人は、行なって祝福を受けて生きる人のその心情も考えと心も分かりません。行なった人、経験した人は神様、聖霊、主の心も分かるようになり、相手の心情が分かります。
自分の肉も霊も義の行ないで変化したら、神様も聖霊様も主も喜び、自分の霊も肉も喜んで希望に満ちて生きて行きます。また、私たちが神様の願いを成してさしあげてこそ、貴重にお使いになります。
2025年6月22日「神霊を学びなさい」
ヨハネによる福音書4:23~24
神様は私たちが神霊とまこととで礼拝してこそ、お受け取りになります。神霊は「神様が遣わした主」です。まことは「真実に礼拝する自分」です。主と自分が共に礼拝を捧げなければなりません。
神霊について無知なら、神霊な天の国のことが分かりません。肉が神霊な国を希望して生きてこそ、喜びと希望です。私たちの肉体が未来の希望がなければ虚しいように、霊も未来の希望がなければ虚しいのです。永遠な霊の世界が喜びです。
肉を持って永遠なる神様、聖霊様、主と一体になって行なってこそ虚しくありません。そうするためには神霊でなければなりません。神霊であれば知恵深く、宝物もたくさん見つけて得るし、患難、迫害が来ても分かって行なうから栄えます。
神霊な人が神霊な主の霊を迎えます。イエス様の霊を迎えてこそ肉体が神霊です。神様、聖霊、御子、主は霊で、みなさんは肉です。神様、聖霊、御子、主の霊を迎えてのみ、肉のある人たちが神霊です。
2025年6月29日「1.罪と義について 2.野生の穀物、雑な穀物と、よい穀物、よい果実」
ローマ人への手紙11:17 ヨハネによる福音書16:8~11
人々は人や神様に害を加えたら罪と見なし、有益を与えたら義と見なしますが、神様は神様の御心どおりにしないこと、義と善を分かって行なえるのに行なわないこと、悪なる行ないをすること、心、良心に引っかかることを罪と見なします。神様の法を中心にしてすべての罪を考えるべきです。神様は愛の法を与えて、みんな許し合い、仲良くしなさいとおっしゃいました。そして救い人を通してお許しになり、互いに容認して神様の創造目的のために肉と霊の理想世界を成すようにさせます。
もっとも大きい罪は救い人を信じず、その人を通して永遠なる神様を信じなかった罪です。神様が遣わした人を通して神様を真実に信じた人は、みんな天国、黄金天国に行きました。
よい穀物とは、主人が肥沃な畑に穀物の種を蒔いて、芽が出たら管理して育てた実のことです。雑な穀物は、主人が穀物の種を蒔いて刈り取っていないものから種が落ちて実を結んだもので、野生の穀物になって固くなり、獣などが食べます。人も神様が遣わした人が御言葉を与えたとき悟って実践した命、神様と主と一体になって自分を管理し変化させた命はよい命になります。
2025年7月6日「過ぎた日に行なったことを感謝しなさい。喜びなさい。栄光を帰しなさい。」
詩篇103:2 テサロニケⅠ:5:18 ピリピ4:4
神様は過ぎた日に私たちに無限に行なってくださいました。今も私たちを無限に助けてくださいます。
逆境の中でも過ぎた日に行なっておいたことは、肉も霊も魂も成功したことです。その時が最高に神様の御心を成せる機会でした。今は機会がなくてできないし、時間が過ぎたので絶対に二度とできません。だから過ぎた日に行なったことがどれほどよくやったことでしょうか。
神様の時に神様がくださったら、一つ、最初は神様と共に構想です。二つ、知恵で一緒につくりつつ行なうことです。もがきによる傑作です。三つ、使いつつ神様、聖霊、御子に栄光と感謝と愛です。最後に四つ、完全な管理です。それによってもっと甲斐を享受し、理想世界を成すことです。
過ぎた日、主の中でもがいて奇跡的に行なってつくったものを体も魂も霊も貴重に使って、神様、聖霊、御子、主に仕え、千年の宴会をして生きなければなりません。そうしてこそ患難にも苦痛にもどんな困難にも、それによって喜びで希望を享受して打ち勝って行きます。
2025年7月13日「彼らは想像だが私たちは実体だ」
イザヤ書65:17 ペテロⅡ:3:13
肉も心も魂も霊も天と地のために使い、行なってこそ肉も霊も力を得て、行なうほど力が来るし、実体が来ます。
自分の人生を神様の御言葉でつくって生きなければなりません。実体の生を生きて行なったことだけが、肉体の一生、霊は永遠に残ります。
神様との愛は実体です。想像でも自体の考えでもありません。主の中で行なうとおりにすべて実体として成されます。私たちと三位、イエス様が互いに最高に願うことは愛です。
大きいことは一度でできなくて何度もやらなければならないとしても、続けて神様を呼びつつ、落胆しないでやるべきです。小さいことも神様の御心なら喜んで行なうことです。患難、苦痛、苦難、困難の中でも神様と一緒にやるべきです。
2025年7月20日「穀物の実と皮、もみ殻の信仰」
マタイによる福音書3:12
農作したものを食べるためには、箕(み)を取ってふるいにかけ、臼でつかなければなりません。そうすると実ともみ殻が分かれ、皮が剥けて穀物の白い中身だけが残ります。実は食べ、もみ殻は捨てます。神様も実は刈り取り、もみ殻はすべて捨てて焼き尽くします。神様の御心でないものはもみ殻です。
肉は外側で、皮で、霊は内側で、実です。霊の信仰をしてこそ、神様と通じて一体になって生きた人になり、復活します。
肉体が死ぬ前に実を育てるように霊を育て、霊のために生きるべきです。実の時に堆肥をやるように、霊の機会の時に人生を投資すべきです。
(ガラテヤ5:22~23)『しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。』
霊のための生とは、神様の御心の主管圏の中の生です。神様の御心だけを命のように思って、その御心だけを行なった人たちがただ神様の御心の穀物であり、実です。
2025年7月27日「神様の目的を成した人たち」
創世記1章28節
神様が138億年の間、宇宙万物と地球を創造なさり、人間を創造した目的があります。
肉は地球世界で神様を信じ愛して肉体の天国を成し、霊をつくって生きるようになさいました。肉体はそのように生きて年老いて死んだらそれで終わります。しかし霊は肉の行ないでつくられて、死亡圏の地獄の苦痛の世界に行かないで救われて天の国に行って、永遠に神様を愛して生きます。神様は誰でもそのように生きるようにと創造なさいました。
それなのに神様を信じなければ、神様が何をもっとしてくださることができるでしょうか。
神様は全知全能な分、ただ救われた人たちと愛し合って栄光を受け、仕えてもらって享受して生きていかれます。肉はこの世で神様を信じ、霊は天国や黄金天国で神様を愛して生きる人たちと栄華の中で生きていかれます。
神様は時代ごとに人を遣わし、その遣わした人を通してお救いになります。その人はまず自分が神様を信じ愛して救われてから人々を神様に導きます。イエス様も神様を愛し信じ真理を行なって、まず救われました。だからイエス様を信じ、イエス様を通して神様を信じ仕えその御言葉どおりに生きてこそ救いを成します。
再び来られたイエス様は新しい福音を伝えて神様の創造目的を成します。すべてのことを神様の御心に従って創造目的を成すために、必ず神様、聖霊様と共に、ふさわしい肉体と時代に従う人たちと一緒に行なわれます。
だから神様のすべての啓示は創造目的、すなわち愛を成すための啓示です。何があっても神様は天地創造の目的である愛を成して行かれています。すでに黄金天国ではその愛を成していっていらっしゃるし、このことを永遠に行なわれます。
いつも神様が138億年もかけて地球とこの世を創造し、6000年も宗教歴史を広げて神様の御心と人間の最高の理想の歴史のためにくださったものを悟り、行なってくださったことに感謝し栄光を帰して行かなければなりません。変わることなく神様に願い求めて生きなければなりません。
2025年8月3日「全知全能なる神様、聖霊様」
イザヤ書41:10 エレミヤ書1:18 マタイによる福音書19:26
全知全能なる神様は本当に完全です。義と愛と公義と善の神様です。このような神様の心を持って行なってこそ、神様はその人を通してその御心を成します。
絶対に命を守る方はただ神様だけです。事前に神様に仕え、命を委ねて生きなければなりません。そうしたら神様、聖霊様が前もって悟らせてくださるので、霊感と直感をもらったら、命だけを考えて逃れなければなりません。
神様が自分を心を尽くして助けてくださり、死ぬ目に遭っている中でも生かしてくださっているから、神様の御心を成すためには、誰が何と言っても自分が助かる命の道に行くべきではないでしょうか。
過ぎた日に神様はどのように自分の肉も、信仰も死から生かしてくださったか考えてみてください。そのようにまた生かしてくださる神様です。神様は選んだ人といつも共になさり、その人に従って神様に仕える人たちの命も守ってくださいます。
2025年8 月10日「1.抜け出しなさい。生まれ変わりなさい。2.説明をよくしなさい。」
エペソ4:22~24 ヨハネによる福音書3:3 ネヘミヤ8:8 ルカ24:27 ルカ24:32
神様が願われるところまで自分をつくり、次元を上げて生きれば抜け出したのであり、裂かれたのです。悔い改めることで罪から抜け出し、学び悟ることで無知を抜け出さなければなりません。
抜け出してはじめて理想世界になります。神様が、各自が最高の生を生きるとき理想世界を与えるとおっしゃいました。
また、説明をよくしなければなりません。説明をよくすることが分別の知恵です。正しく説明してあげて正しく分かるようにしてあげなければなりません。
最も小さいことから説明して理解させながら、だんだんと大きいことも説明して理解させるべきです。説明を順序よくしてあげるべきです。
説明とは説得です。理解させることです。
「言葉」も説明ですが、「行動」が現実に見える説明です。だから行動をちゃんとしたら信じます。
2025年8月17日 「1.神様と聖霊様は肉体を着て行なわれる。 2.伝道してこそ、あなたと摂理史の願いを成させてくださる。 3.アドナイ・エレ」
ヨハネによる福音書 4:25〜30 マタイによる福音書 28:20
全知全能なる神様はあまりにも大きく、ものすごい方なので、話されても人間は受け止めきれません。だから、人を遣わして少しずつ話して理解させてくださいます。人と人だから、よく通じ合うのです。
神様はその人を着て、目的を行なわれます。聖霊様も、御子も、イエス様も霊体だから、ふさわしい人を着て働かれます。
イエス様は、娼婦たちと飲み食いしているという偽りの言葉が広まり、元の地域では伝道が難しかったので、異邦の地にまで行ってサマリヤの女の人を伝道なさいました。サマリヤの女の人一人が、異邦伝道の鍵となり、その時から多くの異邦人が伝道されました。
聖書を読むと、伝道された人たちが、歴史の働き人になって忠誠を尽くし、イエス様の弟子や使徒になって仕えて、イエス様が貴重に使う人になりました。伝道された人たちは伝道した人にだけ助けになるのではなく、神様が必要なとおりにお使いになります。
イエス様は伝道によって御心を成し遂げられ、その時代に損をしたこともすべて解かれました。救いと恵みはすべて神様のものだから、約束したものはすべてくださいます。
アドナイ・エレで、神様がすべてを持っていらっしゃいます。神様がくださろうとしてすべてを用意なさいました。だからこの時代も御言葉を聞いて悟って生きる人は幸いな人です。
神様と遣わされた人と一つになるべきです。神様と遣わされた人と一つになってはじめて復活した生です。
2025年8月24日「神様の御心を学び分かって行ないなさい」
イザヤ書55章8~9節
神様、聖霊様は何かを行なうときは人が話すようにはっきりと話されることはありません。普通、夢や幻で、あるいは心に感動で話してくださるので、分別することがとても難しく、確信できません。隠密に比喩で見せるから、よく判断してやらなければなりません。
もし神様が「あなたはうまくいく。」と言ったら、人々は思い高ぶって、滅びる生き方をします。また、「うまくいかないだろう。」と言ったら落胆します。だから「自分で判断して、神様を信じて行ないなさい」と言います。すると油断しないで謹んで行ないます。
イエス様も「あなたの信仰どおりになりなさい。あなたの信仰によって栄えたり栄えなかったりする」とおっしゃいました。
肉は神様を信じても、信じなくても、みんな自分の生を生きていきます。霊は神様を信じなければ死亡圏に行き、信じれば天国に行きます。神様の中で生きても、世の中のことを理解できなくて疑問を解けないまま生きたら、落胆して、行く道をちゃんと行くことができません。神様の行なわれることを理解しなければなりません。
2025年8月31日「長所短所」
詩篇18:25~26 マタイ7:3~5
人には誰でも長所短所があります。聖書で「するな」と言ったことは短所で、「しなさい」と言ったことは長所です。自分の間違った習慣、癖など短所のせいで事故や問題が起こり、失敗し、短所が自分を苦労させ、苦しめます。自分が持っている短所が罪で、自分の敵です。
だから何よりも最優先に計画的に短所を直すことです。短所は隠すものではなく、御言葉で悟ってなくすことです。これが最高の知恵です。目的を成させます。
短所をなくしたら長所が一層輝くので、成功しやすいです。各自持って生まれた長所を開発し、育て、有能につくって、神様の御心のために極的に使うべきです。このような人が成功の道を行く人です。
神様は、個人も家庭も民族も、自身の矛盾、癖、弱点、短所を直してはじめて、お裁きにならず、祝福を与えてくださいます。祝福は終わりにあります。終わりにある祝福を受けるためにまずは自分の心と行ないを用意し、つくることです。
2025年9月7日「人は心で生きていく」
箴言4:23 ルカによる福音書17:21 歴代志上28:9
「人は心で生きていく」という御言葉の意味は「心が核だ」ということです。だから行なう前に初めから完全にミスなく、事故が起こらないように、心でよく考え、行なわなければなりません。
人の肢体の中で心が主人だから、体を責めることをせずに、心をかたく引き締めて生きなければなりません。心についてたくさん分かって、いつも心を完全に確認しなければなりません。
心で正しく考え、正しく行なえば、一度行なうだけでも大成功です。しかし心を貴重に命のように思って行なうことをせず、軽く考えるから、心が肉を間違って行なうようにさせ、失敗します。
罪の行動は心なしには始まりません。だから心の間違った考えを切ってなくしてしまわなければなりません。肉が行なわなくても、心が不法の考えを、行動するようにしたら、それは心が行なった罪です。間違った考えは天国に行く上で、生命圏の生において悪だから、自分がなくさなければなりません。
自分が自分の心を分別できなければなりません。神様も認める、必ず行くべき道だけを行くべきです。サタンも人の心を本当に苦しめます。随時追い出して、強い心で治めるべきです。毎日自分の心を引き締めて、本当に御言葉で心を治めて行なわなければなりません。
2025年9月14日「絶対に確認して完全に行ないなさい」
創世記18:21
本文を読むと、神様はソドムとゴモラの状況が神様に訴えたとおりなのか確認しに行かれました。イエス様も確認なさったあとにそれに沿って接し、見聞きしたとおりにだけ裁くことはなさいませんでした。
神様、聖霊様は時になったら、祈って願っていたことをしてくださいます。しかし、ほとんど本人が願う方法ではなくほかの方法でしてくださるから、確認しなければ、してもらったことが分からず、待ち続けます。
だから、必ず神様に、またしてくれると言った人に尋ねてみて確認しなければなりません。「確認」は自分の固定観念の認識をはっきりと捨ててから、しなければなりません。ほかの人の間違った認識ではなく、正しい認識をもって自分自らしなければなりません。
聖書の歴史も、神様は約束どおりにしてくださったのに、人が不信して待ち続けた場合が多いです。神様とメシヤを待っているユダヤ人たちは神様もメシヤもいらっしゃったのにちゃんと確認しなくて、来たということが分からず、むしろ不信しました。
ほかの方法だとしても、してくれたならば成されたのです。神様はもっとも理想的な、理に適う形でしてくださいます。願っていた人の期待とは違う方法でしてくれたとしても、してくれたことに感謝し、喜ばなければなりません。
目的さえ解決し、達成すればよいのです。イスラエル民族を通して福音を広げようとしましたが、彼らが受け入れなかったので、結局異邦人たちを中心にして世界へ福音を広げました。最初のものに御心を持ちましたが、二番目のもので御心が成されました。神様の聖書の全体の御心がこのように成されました。
2025年9月21日「肉と霊の成功の秘法‐まず自分をつくって大きく行ないなさい」
テモテ2:2:20~21 コリント2:9:6
人間誰もがみんな成功する最高の秘法は、まず自分の心と考えと肉体をつくって行なうことです。全能者神様、聖霊、御子、主に最高に仕えて、その中で学び、つくり、開発することです。その御言葉を実践しながらだんだんと大きく行なえば成功します。
学んで分かることで心、考えが堅固になった人は一生不信せずに堅固に行きます。このような人は地上でも肉が天国の生を生き、天では霊が永遠な天国を相続して生きます。黄金天国へ行くにはやはり心が本当に大きいです。
みんな御言葉を聞いて神様の御心どおりに、心、考え、精神、肉体をつくると決断してください。完全に心、精神、考えと肉体の行ないを最高に強く成長させるためには、祈るだけではなく、毎日御言葉を聞き、その御言葉を信じて、毎日行なう必要があります。
人は自分をつくったとおりにだけ神様に使われるようになります。
心、考えを大きくつくろうとして大きく構想するためには、小さい自分の心、考えではなく、ただ神様と一体になって聖霊で行なわなければなりません。また、大きくつくるためにはたくさんの時間が必要だから明け方から行なう必要があります。
神様の新しい時代の御心どおりに行なう人だけが肉も霊も栄えます。旧時代は、新しい時代に神様が遣わした人が持ってきた御言葉の鍵でのみ解くことができます。時代に遣わされた人が、神様のところに行く門であり、時代の門を開ける鍵です。
2025年9月28日「1.自分をまずつくってからやりなさい 2.相手の心理、心、顔を見ながら話しなさい」
エゼキエル書3:8~9
人々は普通「私はあなたより劣る」と言ったら喜び、「私はあなたよりまさる」と言ったら嫌い、憤ります。だから事実を話すとしても、相手の顔色を見ながら話さなければなりません。そうしてこそ相手が妬まず、嫉妬をしません。
みんな自分の心を、嫉妬と妬みをなくした平穏な心につくらなければなりません。兄弟の喜びを一緒に完全に喜び、お祝いしてあげる人にならなければなりません。
自分を神様の御心どおりに神様の体質につくったら、どこに行ってもよく適応し、喜んで実践して生きます。ただ神様の御心どおりに行なうように精神、思想、心、体の体質をつくった人は、患難、迫害が来たら自分の時が来たと思ってよく走ります。
自分を神様、聖霊、主が喜ぶとおりにつくったら、三位と一緒に生きていくようになります。自分を貴重につくってこそ、畑に隠された宝も見つけ出します。時代の深い完全な御言葉で心の畑を深く耕してこそ、各自個性の宝を発見します。
神様は神様の仕事を任せるとき、その上に臨んで頭を堅固にしてくださいます。そうしてのみ神様の仕事をすることができ、考え、精神、心が割れることも、変わることもないからです。サタンと悪に頭突きしても彼らの頭を割ることができるくらい強くなければなりません。
2025年10月5日 「1.人は楽になろうとばかりする 2.問題を解決しなければならない」
箴言6:9~11 ピリピ4:6~7 マタイ11:28~30
各自人生の道を歩む中で楽に生きようとばかりするから、悩み、心配、憂い、不満があります。しかし、いつも神様は行なったとおりに報いてくださいました。だからたくさんもらうためには勤しんでたくさん行なわなければなりません。そうしてのみ、神様の御心を成し、できないこともできます。
問題や患難が来る理由は、
一つ、世の中が邪悪で、時期的に問題が来ます。
二つ、自分が神様を熱心に信じても、その道に冬のように問題が来ます。
三つ、神様が愛して何かをくださるために、気を引き締めなさいと言って問題が来ます。
四つ、過去にもらったものについて祈らなければならないので問題が来ます。
五つ、すべての義人に来る患難に備え、勝つようにと、神様が予告として患難と問題を与えます。
六つ、神様が使命を与える前に早く錬達するようにと困難に遭うようになさいます。
七つ、罪を悔い改めるようにと患難が来ます。
祈ってなぜ問題が来るのかを分かって、問題を肉的にも霊的にも解かなければなりません。どういう神様の御心があって問題が起こったのか悟ったなら、問題を解いたのです。問題を解いたら、喜んで感謝し行ないながら生きるようになります。
学ばないでやる人は失敗もし、事故も起こります。だからイエス様は「私に学びなさい。そうすればたやすくできる。仕事も軽い」とおっしゃったのです。完全に一つ一つ行なうことが、問題が起こる前に解決する答えです。
自分だけに問題が来たと思ってはいけません。人は行なう分、苦痛も受け、問題も生じます。神様、聖霊、主に自分の心配を委ねれば、神様は聖霊と共に何があっても助け、必ず祝福をくださるから、根気強く、最後までやらなければなりません。
2025年10月12日「主管圏を抜け出しなさい」
ヨハネによる福音書3章3節 ローマ人への手紙6章4節 エペソ4章22~24節 コリント人への第二の手紙5章17節
神様は時代ごとに救い人を遣わして、新しい時代に主管圏を移すようにさせました。その人の御言葉を信じて従えば自分の主管圏を抜け出すようになりました。この時に旧時代の主管圏を抜け出さなければなりません。
完全に抜け出してのみ、神様が時代に行なわれる歴史の恩恵と祝福を完全に受けて生きます。
抜け出さずには制度と環境上、自分の主管圏で新しい歴史、新しい世界を行なうことはできません。自分の主管圏、旧時代の主管圏を抜け出して新しい時代に来て、天と共に自分の才能と青春を尽くして行なってこそ光を放ちます。
抜け出すために一つ一つ御言葉を聞いて行なわなければなりません。抜け出せていないところを記録しておいて行なえば、すぐに抜け出します。毎日もっと行なって、自分の生がいっそう理想的な次元になるようにするべきです。神様が祝福をくださって、肉も霊も心も考えも自由になって楽に生きます。
主管圏を移してのみ、天国のような主管圏に来て生きるようになります。移すことを言い換えると、「復活」です。「生き返った」、「よりよくなった」ということです。
2025年10月19日「目的によって運命が左右される」
マタイ26:39 ヨハネによる福音書16:33 ローマ8:18
「目的によって運命が左右される」という御言葉は「神様も人も目的を持って行なうから、そのように行なうことで運命が左右された」ということです。
「目的、構想、計画」です。だから目的をよく定めなければなりません。ただ神様が願われる目的を持って行なってこそ、禍を受けず、栄えます。
神様は、人がその仕事を本人が好きで喜んで行なうようにさせるので、神様が話されなければ、その人は自分が好きで自分の目的を成したことだとばかり思います。
神様は本人が分からなくても、神様の目的を成すようにさせます。だからその行なったとおりに、ある人は一層栄えるように祝福をしてあげる場合もあり、ある人はそのまま終わらせることもなさいます。
今も神様はこの時代に御心と目的を成すために各自にも行なわれ、神様の歴史にも行なわれます。神様は今日も目的を持って聖霊と共に、はかりごとと不思議なわざで行なわれます。いつも神様の御心と目的どおりにしてくださいと祈るべきです。神様の目的に自分の目的が入っているからです。
今はみんな神様の目的と御心を成す仕事をすべき時です。神様がこの時代にはこの時代に該当する分、大きい目的を成されます。
2025年10月26日「十字架は責任を果たせなかった予定だ」
ローマ5:19 イザヤ53:5 エペソ1:4-5
自分の前のすべきこと、神様が自分にくださった仕事は気を引き締めてやらないと、できるはずのことができず、自分の主観の道へ行くようになります。神様の御心のために大なり小なり各自すべきことを、心と思いと命を尽くしてやらなければなりません。
二つの仕事をやり終えるためには、時間が2倍必要で、そのためには睡眠を犠牲にしてやらなければなりません。同じく、時代のすべきことをするためには、誰かは犠牲にならなければなりません。だから神様は遣わされた人が犠牲になって時代のすべきことをするようにさせます。そうしてこそ死ぬ人たちを救って生かすからです。
自分の願いと目的は、自分の願うことだけを成すことです。神様と聖霊が自分に願われることを行なってこそ、自分だけではなく神様もうれしく、完全な理想世界を成します。神様が自分に願われることを行なわなければ、自分のための永遠な希望が成されることはありません。だから毎日前もって用意し、神様の仕事をすべきです。
人は何をどれだけおいしく食べて生きるかが問題ではなく、どれだけ義なる生き方をするかが問題です。霊が栄えたら肉も栄えるようにしてくださいます。だから神様はまず神様の創造目的の仕事を、心を尽くして行なって成していくようにさせました。
2025年11月2日「悪人を滅ぼすから幸いだ」
ダニエル12章12節
ダニエル書で言う「至る」ということは「至った」ということにもなり、「成す」ということにもなります。その前にすべきことをすべてして、その時に至り、すべて成して経てきてみたら、聖書で「1335日に至る人は幸いだ」と言った言葉が本当にそのとおりです。
「1335日に至る人は幸いだ」という言葉は、
一つ、1335日に至って患難の時に入れば仕事ができないから、その前にやらなければならないということです。
もう一つ、「その時まで、最後まで耐え忍べば、神様が御言葉をくださって問題を解決してくださる。その時まで信仰も生きてきて、肉体も死なずに来たら、神様が悪なる者をすべて裁き滅ぼすということであり、敵たちによって苦痛を受けた義人たちは終わりに祝福がある。」ということです。
だから、患難の時、いらだち、怒り、憤るのではなく、感謝し笑いながら行なうべきです。
患難の期間に苦い杯を飲んだ人たちが、神様の歴史で一層輝かしく残ります。みんな熱心に笑いながらやってこそ、神様が気分がよくて、一層聖霊と共に助け共にしてくださいます。
2025年11月9日「値打ちと価値を学びなさい」
使徒行伝7:55~56 使徒行伝19:6 マタイ7:28~29
作品の値段は十万円でも、多くの人たちが貴重に使えば1万倍、100万倍に使われます。これと同じく自分の人生の値打ちと価値も使われることによって変わります。
値段よりいつも「使用価値」です。どれだけ、どのように使うかによって値段より価値が数百倍、数万倍あります。そのまま使ったら価値が低いです。偉大に自分をつくらなければなりません。つくってから使ってこそ価値が百倍、千倍、それ以上にもなります。
人間の肉体も天下を与えても換えられない命の価値があります。救われた人の値打ちと価値が最高だというこの御言葉の核を深く悟ってください。
聖書も神様、聖霊、御子、イエス様の御言葉について正しく解き、時代についてよく説明をしたら、最高の価値ある人です。その時は復活の御働きが起こって命の新しい歴史が始まります。
聖書や時代の御言葉を神様の根本の御心どおりによく説明したら、聞く人の運命も、伝える人の運命も永遠に左右されます。
2025年11月16日「神様を信じるだけにしないで頼りなさい」
ヨハネによる福音書5:30 箴言16:20 詩篇37:5 ヘブル2:13 ヨハネによる福音書6:63
御言葉はすなわち神様です。御言葉は肉と霊の命を永遠に生きるようにしてくれるから、あまりにも大事で貴重です。だから信じるだけにしないで、頼らなければなりません。「頼る」ことは行なうことです。
肉体は一生、霊は永遠に生きるために全能者の御言葉を初めから終わりまで行なうことです。どこででも各自自分の使命どおりにすべきことを行なうことです。行なっていない人は理想世界を想像するだけです。行なう人だけが得て、享受し、問題を解決します。
誰でも行なったとおりに自分が願うものを10倍、100倍得ます。私たちが、神様がくださった仕事を行なったら、神様が私たちを助けてくださいます。
ただ神様、聖霊、御子と一緒に生きなければなりません。仕事ばかりしないで、働きつつ愛し対話をしなければなりません。
神様は御言葉を与えることで愛の対象にならせてくださり、一緒に行ないつつ必要なすべてをくださいます。全知全能で不可能のない神様と聖霊がみなさんのために行なってくださるから、神様の御心を成す目的を持って行なわなければなりません。
神様に頼る人は肉も霊も栄えてきました。神様に頼る人はもっと栄え、もっとよくなるようにしてくださいます。
2025年11月23日「選ぶ人の心と同じであってこそ選ぶ」
サムエル上16:7 ローマ8:29~30
神様は人を選ぶとき、神様の心と同じ人を選びます。選んでから、神様の心に合うように教え、義なる人にならせ、すべきことを教え、神様と共に行なわせて御心を広げていかれます。
だから自分をもっと善良に、神様、聖霊の心につくらなければなりません。
心は行ないを見て分かります。心が輝いてこそ、体も行いも義なるものとして輝きます。
いつも自分の心を磨いて、神様の心に、義なるものにつくらなければなりません。
毎日祈り、選んだ方と相談もし、心が一体になって行なわなければなりません。
2025年11月30日 「1.大きくなればできる 2.認識の目と心の目」
ルカ2:52 エペソ1:17~19
イエス様も神様の中でますます知恵によって成長し大きくなりました。人は忠誠を尽くして行なうとおりに大きくなり、大きくなれば主人が貴重に思って大事に使います。もっと大きくなったらもっと大きい御心を任せて、その人を通してもっと大きく行なわれます。
成長した分、才能と能力どおりに仕事を任せます。任された人は自分の仕事に忠誠を尽くし研究をしてたくさん行なって、主と共に多くのタラントを増やすべきです。
タラントをたくさん増やすためには、神様、聖霊様、主と一体になり、毎日働くように毎日堅固な信仰と祈りと実践です。そして最後までやることです。最後まで行(い)ってこそ霊も完全に大きくなり成長します。
神様の祝福は「心の目を明らかにしてくれること、認識の目を開かせてくれること」です。
認識の目と心の目を開いて悟ってはじめて、肉の目で見たときに正しく認識し、完全に見て分かります。行くべき道を行き、行なうべきことを行なって得ます。
御言葉を聞いて、また、自分が直接生活しながら経験し、認識の目を開くのです。
2025年12月7日「私と共に勝ちなさい」
黙示録3:12 勝利を得る者を、わたしの神の聖所における柱にしよう。彼は決して二度と外へ出ることはない。そして彼の上に、わたしの神の御名と、わたしの神の都、すなわち、天とわたしの神のみもとから下ってくる新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを、書きつけよう。
神様は勝つ人だけが神様の聖殿の柱になるようにさせ、名前を刻んでくださいます。
個人の勝利は自分さえ熱心に行なえばいいです。個人の生において勝利の生活を続けてこそ、団体に行っても勝利の生活をするようになります。
勝つためには、主の名を裏切らないこと、悔い改めること、悪の惑わしに騙されず、祈って変わらないこと、神様の御心を悟って大胆にやること、です。
また、瑕がないように、ミスを犯さないようにしなければなりません。勝とうとする意志と目的を持って耐え忍び最後まで行なう人は結局勝ちます。
勝利する上で必要なものが技術、行ない、時間です。時間を奪われたり、流してしまったりせず、時間を固く握って治め、ただ勝つことにだけ心を注いで行うのです。
また、私たちと争うのはサタン、悪魔、悪霊で、これらは肉体がないから何でもありません。心、考えが強ければ、私たちと争う霊体と肉たちに勝ちます。
私たちがけがれていないで、時代の御言葉どおりに完全に行なえば、神様が聖霊と共に私たちの肉を着て行なわれ、主が共になさるから勝ちます。
行なってこそ神様が道を見せてくださり、自分がその道へ行ってもっと行なってもっと得るし、神様と聖霊も行なった人に永遠な国をくださり、この世で願っていたものもくださいます。
心、精神、考えが戦いにおいて勝利を左右する核心です。心、考え、精神でだけ行なっても、行なったことになって得ます。心で行なってこのことを実際に肉で行なえば、救いに完全に至るようになります。
だから、神様の前で心と思いと命を尽くして行うのです。心は神様につないでおいて、肉は地上で行なうのです。そのように行なってこそ勝つし、勝利する生を生きます。
2025年12月14日「季節のような時による掃除の裁きは神様がなさる。自分の心の掃除は今年が終わる前に自分が今すぐにしなさい。」
イザヤ66:15 イザヤ1:16 コリント2:7:1
冬が来ると、外にいる蚊は寒くて凍え死にしますが、部屋の中は暖かいから蚊は死にません。つまり、外の悪とサタンたちは神様が季節のような裁きですべて処理なさいますが、私たちの中の悪、個人の心にある悪と不義は自分がきれいにしないとなくせません。
私たちはみんな悔い改めて自分の心をきれいにしなければなりません。個人の悪、不義を自分がきれいに100%直してこそ、心の悪がきれいになります。
自分の心で起こる、さまざまによくない心をすべて直さなければなりません。
自体の内部が問題です。自分が御言葉を聞いたから、各自自分がやらなければなりません。互いに相手の欠点ばかり指摘しないで、自分を完成させることです。
今はみんな自分の信仰を完全にすべき時です。きれいにしてこそ2026年にいっそう新しく精神的な復活、生の復活ができます。
2025年12月21日「1.忘れたらできなくなるから死ぬことになる 2.毎日捧げる祭壇を廃するな」
ホセア4:6 ダニエル8:11~13
神様、聖霊様を心から忘れたら思い出せず、遠くなり、そのうちにだんだんと実感がない死んだ信仰生活をするようになります。だから毎日神様と聖霊様を考え、呼び、共に生きる生を生きましょう。
神様も聖霊様も人間の目には見えない神なので、自分が生きた人としてその体になって生きてこそ忘れず実感します。毎日聖書や時代の御言葉を読んで行ない、祈り、讃美し、感謝し、愛し、毎日捧げる常供の燔祭を廃してはいけません。
この時代の命の御言葉を伝えてくださるのは、神様の愛の対象として行なう生の目的を成しなさいということです。忘れずに一緒に生活してこそ、肉も魂も霊も変化して、御言葉をくださった目的を成します。
主日は神様と聖霊に会う愛の日で、安息日を聖なるものとして守ってこそ神様が祝福を与えてくださいます。安息日に教会に来て御言葉を聞き、神様に栄光を帰すのです。毎日神様と聖霊を数十回も捜し呼び求め、感謝すると言ってこそ神様が毎日してくださることを悟るようになります。
クリスマスにはイエス様が命を生かすために来られたことを忘れず、讃美し栄光を帰しましょう。今週特にイエス様のことを記憶し、みなさんが忘れてできていないところが何かあるのか、毎日捧げるべき祭壇なのに廃されていることが何かあるのか、早く見つけて早速直しましょう。
2025年12月28日 「互いのために生きなさい」
マタイ22:37~40 イエスは言われた、「『心をつくし精神をつくし思いをつくして主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」
いつも存在世界の生命体や存在物は二通りに存在します。主体と対象体、万物と人間、善と悪、霊界と肉界、陰と陽、男と女などです。二つの世界が結合したら別の存在体がなされます。人間同士、対をなして接する精神、心の結合は理解と一体を生み出します。
主体性を中心とした肉の結合は存在物を誕生させます。成分の結合は別の存在の命を誕生させ、心、行動の結合は別の存在物を創造します。
人間同士、対をなして接する精神、心の結合は理解と一体を生み出します。主体性を中心とした肉の結合は存在物を誕生させます。成分の結合は別の存在の命を誕生させ、心、行動の結合は別の存在物を創造します。
相手の心を分かって接すれば、すぐに一体になります。神様と人間が一体になるためには、神様は霊だから、霊的に接する必要があります。肉的に接したら通じません。神様と人間の間は同じ品性で通じてこそ一体になるのです。
反面、別の存在物、生命体を生まれさせるためには、自分の本体のまま相手と一つにならなければなりません。女は女性の性質で、男は男性の性質で結合して一つの生命体をつくるように、対象体と主体とが一体になって結合したら別のものが生まれます。
このように、それぞれ新婦として神様、聖霊、御子、イエス様とみんな一体になって生きれば、主体によって違う形体が創造され、伝道も多様にするようになり、つくるものも多様につくるようになります。
みんな、この御言葉で神様と一つになり、家庭、教会、職場など、各場所で会う人たちとも仲よく、一つになって御心を成すことを祝福します。

