[Word]「神様の時を悟って守りなさい」8ー1999年6月30日 水曜礼拝より抜粋

キリスト教福音宣教会の御言葉「神様の時を悟って守りなさい」8ー1999年6月30日 水曜礼拝より抜粋
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買い物に行って、白菜や大根を買ってきたら、最初は捨てるところがありません。しかし、料理をしたら多くのごみが出ます。料理をしたら、ごみができるということです。料理をして食卓に出しました。最初、食卓に出した時には捨てるところがありません。しかし、それを食べ終わったらまた捨てるところが出てきます。そして、食べてお腹の中に入って、時間が経ったら、それは排泄物になって、捨てなければなりません。

「ああ、人生を生きるには、義も行うし、罪も行うようになる。罪は、毎日体を洗うように悔い改めて洗わなければならないし、義は花を咲かせ、実を結び、主人の喜びになる。義人でも義を行っているうちに罪を犯すようになる。例えば、いい玉(ぎょく)の岩を買って作品を作っていると、そこからくずが出てくるように、罪のくずが出てくるものだ。そのくずを掃除しなければならないように、悔い改めて心霊を掃除しなければならない。」

もう一度たとえで話をしましょう。

大きい玉の岩を買ってきた時には最初捨てるところがなくて、玉の大きさだけ値打ちがあります。作品を作らなかった時には、どこも捨てるところが無いし、くずもないです。しかし、その玉を使って作品を作っていると、どんどん屑が出てきて、捨てるところが出てくるようになります。だからといって作品を作らなかったら、玉の岩のまんまで、それほど値打ちがないんです。

材木店から木をたくさん買ってきました。お金を払って買ってきたものなので、木はお金です。しかし、その木を一本一本切って、家を建てていくと、屑が出始めます。だからといって、その屑のことを気にして家を建てないわけにもいきません。家を建て終わってみたら、木の屑が何トラック分にもなりました。そういう屑が出るからといって家を建てないわけにはいかないんです。

だから皆さんも働く時、困難があっても働かなければならないということです。

問題が生じるからといって、材木をそのまんまにしておいて、家をたてないわけにはいかないんです。いくら技術者だとしても、屑は出て来るんです。その屑がもったいないからと言って、家を建てるのに全部くっつけておくことはできません。そういうことを考えながら、私たちはいつも悔い改めなければなりません。神様の仕事をしたら、悔い改めるべきことが生じます。だからいつも祈らなければなりません。

(続く)

1999年6月30日 水曜礼拝より抜粋 説教者:チョンミョンソク牧師

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